デュムーシェル博士の肖像。
クスリ。

遠くの空、高い雲を動かす風の右に、海の響きが聞こえた。

欅樹の影に在る僕の午後の残像は、仰向けに気持ちの良い空と対峙して、寄せ返す時間を呼吸する。

およそ百億の中のふたつに似る既視感に捕らわれたこんな午後に、「おまえはマルセル=デュシャンの襤褸襤褸の物語性の象徴たるロボットだ。」、と、デュムーシェル博士は僕に教えたのだ。

二十世紀初頭という過去に於いて過去芸術を否定し意味を拒絶したダダイストの、今では悲しい物語性に博士は捕らわれていたのかもしれないし、あるいは老人性痴呆の意識の混濁がなせるただの戯言かもしれなかったが、その午後の手触りは僕を過去を意識する奇妙な過去へ時折、導く。

蒼の写像に寄り添う漣の幻響に、冬の鋭角を揺るがそうとする微かな塵芥がふるふる、と、踊っている。

響きを見る僕の目は、細くしても尚流れ込む蒼色に浸食され、しばしばと機械の直線的な瞬きを余儀無くされる。
風に沈みゆく鼓動に、連れ流れるオイルの脈動がとくとく、と被る。
犇めく毛細血管を意識させる瞼が僕の前半を支配し、蒼に反射する瞳孔の収縮はロボットにとっての幼児性として僕の後半を支える。

僕は、おそらく誰かに造られた機械では無い、と、こそり、と、言ってみた。

狂気を装い、あるいは仮面としての狂気を纏う博士の冒された狂気性に反抗をするのだ。

機械である理由も整合性も思想もなく、機械仕掛けの神に祈る弱弱の意味不明に満たされた「それでもロボットたる」呟きは、やがて消えた。

気がつくと、冬の底に在る乾いた躯を緩慢と駆動する壊れた僕の基板が、接触不良のくつくつ、を、くぐもった異音で放ち始め、繰り返すそのノイズは博士の古い呟きを消えた己の呟きに変わり擬態していた。


僕は砂漠のロボットです/月の光がふりそそぐ/砂のシャープなエッジの上を/東へ向かうロボットです/


博士、と、しか呼ぶことを許さなかった優しい老人は過去の光の中で僕の腕にそっと触れる。

海を知らぬ萎び老いた指の微かな温もりが、僕を満たした。


東へ。、と、僕は呟く。

僕の座標を決めていた雲は聞こえない風に既に溶けていた。

漣の幻響を聞く過去を透かす過去の遺伝子は意味を二重に拒絶する。


東へ。




自由詩 デュムーシェル博士の肖像。 Copyright クスリ。 2007-08-28 16:54:34
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