遠ざかる夏
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全て乾いて
回り続けた
車窓に滲んだレールの錆が
鵲の群尾に一つ文字を願い 回る
回って、それは
草みどり 瓦屋根
白熱灯と傘 老女の舌先
流れてゆくのは
車窓に滲んだレールの錆が

県道三○一号線の朱に解ける午後
欄干をはだかの少年がバランスよく渡る
矢部川の支流に飛び下り
透明な太陽が飛沫を上げ
耳納連山の痩躯を揺する
棚田の幾つかは人手なく涸れて
コブラの飛行演習だけが盛んで
発電所はいつの間にか送水管を無くし
遠く街の方から巨大な煤煙が見ていた
レーダーサイトに反射して
あなたは それが美しいと言って泣く

問い掛ける
回り続けて
何かの沈黙に
竹を割ってゆく
熱風に静かな墨を滲ませ
問われたそれに
ひやっとして泣く
あなたは それが美しいと言って泣く

裸布、筆痕、蕎麦の匂
山猫、産婆、黒雲の精
眼底に熱写された童唄の世界
枯れ果てた因習に耳を澄ますと
全て乾いて
剥き出しにされたそれ
私は神社の外で玉虫が割れて
ダムは日々懐をヘドロが膨らませていた
あなたは底々の家が魚に住まれ
水は足を膝まで歪ませ
凌霄花が道に垂れ
背中は鳴き続け
土葬の賑わいの裏で訪問者が
立ち尽くし帰れないでいる
深い谺に侵されてゆく廃屋
届かないもの
夏は今年も本当の姿を見せぬまま
空は真空で敷かなく蒼でない
通り雨が土間を這うそれが
白い筋が闇に浮ぶそれ
骨を濡らし始める
遠ざかるもの

豚舎の娘が宿題の絵日記を抱え込んだまま
明日を考えることもなく活かされ 許され
仔牛は干草の重さで 諸事の芯を嘗め取り
命の短さを嵌めあい 眺め尾を振る
饒舌で無血な
陰りない陽光
赤子の夢見
線虫の蠕動
へそのおに静かに湛える
爛れたアスファルトに砂を敷く

全て乾いて
回り続けた
車窓を震わす孤りきりの汽笛
マンホールに僅かな塵が降り 回る
回って、それは
団扇風 蚊屋遊び 梟の密会
山火事 腐った畳 蛍の葱灯
歪んでゆくのは
あなた 遠く手招く遥かな海






  鵲=かささぎ
  朱=あけ
  解ける=とける
  矢部=やべ
  耳納=みのう
  凌霄花=のうぜんかずら
  諸事=もろごと
  無血=むけつ
  蠕動=ぜんどう
  葱灯=ねぎあかり



自由詩 遠ざかる夏 Copyright soft_machine 2007-08-26 20:52:01
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