「 殺夏。 」
PULL.







 叩きつけた拳は、ざっくりと裂けた。引き
抜くと何かが落ちて、コンクリートを叩く。
歯だ。血塗れの口を押さえのたうち回る一人
目の腹に、つま先を食い込ませる。骨の砕け
る、柔らかい感触。二人目が、来る。遅い。
殴られるよりも先に、おれは殴っている。拳
がまた裂ける。痛くない。肘を飛ばす。二人
目の前歯が、粉々に弾け飛ぶ。来る。三人目
だ。だが遅い。おれの踵は膝を砕いている。
観客の声が一段と高鳴る。「殺せ殺せ。」と
怒号が飛ぶ。四人目が、見えた。もう遅い。
逃がさない。恐怖に見開いた目の中で、おれ
が、笑っている。おれは目を抉り出し、観客
席に叩きつけた。顔に眼球を受けた観客が、
狂喜の声を上げる。「もっと殺せ!皆殺しに
しろ!。」おれは吼えて、観客席に飛び込む。
逃げまどう観客たちを、五人六人と殺す。歓
喜とも悲鳴ともつかぬ声を上げ、やつらは死
んでゆく。「助けてくれ。」そう聞こえた気
もするが、構わず、おれはやつらを殺してゆ
く。やつらは弱い、すぐに死ぬ。だけどおれ
は止めない。一人も残さない。皆殺しにする。
なぜなら「殺せ。」と命じたのは他でもない、
やつらなのだ。やつらがそう、おれを作り替
えたのだ。おれを見る、やつらの目の中で、
殺人鬼が笑っている。それがおれだった。












           了。



自由詩 「 殺夏。 」 Copyright PULL. 2007-08-24 19:13:43
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