黙示録 〜罪のない者が、最初に石を投げた
クリ


 6月6日6時アルファ

核拡散防止条約は国連の安全保障理事会常任理事国が自らの地位を対外的に安定させるための「社訓」であり、決して「社則」ではなかった。
インド・パキスタンはアンタッチャブル階層のごとく見て見ぬ振りをされていたし、イスラエルは核開発に先だって自国の核保有の情報を意図的にリークした。
それは、ポスト・コールド・ウォーの抑止力たるはずだった。
ほとんどのムスリムにアメリカの息がかかり、未だ化石燃料によらないバイオマスさえ目処のつかないそのときに、
メイフラワーの子孫たちが箱船の末裔たちを仮想敵国と見做すなど、いったい誰が予想したであろうか。
しかし、ユダヤ資本と石油資本が天秤に懸けられたとき、アンクル・サムにはその軽重は明白だった
航続距離の短い未確認飛行物体は核弾頭を軋ませながらバチカンの上空800メートルで破壊され、ミリセカンド後に蒸発した。
ローマには、光子、その他の加速された微粒子、爆音の順で衝撃が伝わり、保存されていた遺跡も含めほぼすべてが灰と化した。
人類史上最大の巨大な光球はあらゆるものを凌駕し、6,000度の太陽の表面さえ大きな黒点にしてしまった。


それらすべてを逃れることができたのは、カタコンベを掘り下げて地中深く設置されていたシェルターに退避できた40人だけだった。
法皇の補佐役はエレベーターの中で「博士の異常な愛情」を回想し、「ピーター・セラーズはユダヤ系だったな」と思い出した。
彼はそれから、妊娠中の娘ラケルに思いを馳せて深く深く心を痛めた。
そして、イスラエルではなく、アメリカを憎んだ。第七の封印は北米で解かれるべきであった、と。



13年後、ラケルは息子とともに海辺にいる。
脚のない息子は、腐りかけた魚を利用して自慰に耽っている。
神はラケルの祈りは聞き入れはしたが、脚のない息子の望みを叶えることはしなかった。御心のまま。
息子には生殖能力が欠如しており、ただただ老人の前戯のごとくカウパー氏腺液だけが砂を無益に濡らした。
ラケルは息子を咎めることはなく、常日ごろ涙を流さんばかりに憐れんでいた。ピエタのように。
地団駄を踏みながら息子が腐った魚の口から一枚の銀貨を取り出して見せると、ラケルは卒倒した。
ピーター = ペテロ = ペトロ = 石 = 石油 = 石据 = 礎が、最後の審判のラッパを高らかに吹き鳴らし、
 オメガの腕時計が時を刻むことを止めた。

いとうさんのサイト、poeniqueの「即興ゴルコンダ」に投稿した、「腐った魚の眼に映るのは、脚のないイタリア人のカウパー」を改題しました。
少しだけ改稿。

                                         Kuri, Kipple : 2004.05.26


自由詩 黙示録 〜罪のない者が、最初に石を投げた Copyright クリ 2004-05-27 00:38:03
notebook Home 戻る