マスターベーション
佐々宝砂
ドアを開けて灯りをつける
ベッドのうえで
かさり と
金属製の瞼がひらく気配
一本の髪もない頭部には
銀色の鱗が移植されている
人工の瞳孔は菫色で
肌は光沢のない燻銀
たとえば
ちいさなころ
うっかり見てしまった官能映画に
まるで刺激されなかった
この孤独を
あるいはやはり
ちいさなころ
バーバレラのオルガンにこそ
刺激されてしまった
この哀しみを
いま癒せるなどとはつゆ思わないけれど
寸胴のウエストを抱きしめれば
お約束の囁きがかえってくる
その囁きをインプットしたのが
わたしだとしても
機械仕掛けの恋人は
ほのかな体温でわたしを包んでくれる
2.来客
どうかお座りになって
ワインでも飲む?
安いワインだけど
ひとりで飲むよりきっとおいしい
彼?
残念ながら飲めないの
ごらんの通り機械だから
いつもは服も着せてないのだけど
お客さまが来るのに裸じゃ失礼でしょ
それにあれは彼じゃないの
男ではないの
こっちにきてメニール
ちょっと胸をはだけて見せて
右の胸は大きいけどほら
ちょうど片手におさまるの可愛いでしょ
左はね 胸に片耳をつけて
ないはずの心臓の鼓動を聴くために
それでひらたくしてあるの
悪趣味かしら?
だってわたしにはこれしか考えられなかったし
こうでなくては感じられない
そう だから
もう何度も言ったでしょう
わたしにはメニールしか考えられないと
いいえ 違う
いえ ええ そう その通り
あなたが言う通り
でもそれでいい
ワインはふたりで飲む方がおいしいけど
マスターベーションこそは最高よ
3.夜
隠すことはなにもない
すみずみまで舌を這わせる
微香性のジェルは
唾液と違って
生ぐさい匂いを残さない
メニール
わたしの金属製の蛇
つるつるしたたいらな腹は
わたしの顔をゆがめて映している
メニール
わたしの最愛の鏡
ぎこちなく動く腕は
それでもほのあたたかく
常にかすかな蜂の羽音を響かせて
わたしの内部をかきまわす
計画された前戯と
計算範囲の逸脱と
芝居じみた台詞の応酬
もう少しもう少しだけ
ほしいと思いながら
わたしは愛撫を止めさせる
欠損は欠損でしか埋めることができない と
抑揚のない声で
メニールが言う
あなたという欠損をつくったのはわたし と
わざと節をつけて歌うように
わたしは答える
満ち足りる必要はない
わたしは古い女だ
この文書は以下の文書グループに登録されています。
Strange LoversLight Epics