その海から(51〜60)
たもつ


51

手に速度が馴染む
坂道は距離のように続き
俯瞰する
鶏頭に良く似た形の湾に
昨晩からの雪が落ちている
ポケットに手をつっこめば
速度はあふれ出し
また新たな速度が生成される
少しの背伸びをする
白いソックスの真新しさ
言葉は誰をも裏切らない
裏切るのはいつも意味だ



52

難破船に良く似た背格好で
女の頭は枕の上にあった

すぐ側まで夕暮れは押し寄せ
女は何も言わない人のように
沈黙の中にいた

僕は近くの駅から快速列車に乗る
窓の外、触れないものがある
すべて景色だった



53

中村さんちのご近所で
海がひとつ発見された
大きくも小さくもなかった
夏が始まる頃
中村さん
次男になってた
泣きたい人は
泣いてかまわなかった



54

何よりも助走を
愛した父親たちは
助走の途中で
自らの心臓を止めた
薄いパラフィン紙が残され
魚たちの休憩所になった
良く見れば
数えることもできた



55

二酸化炭素に描いた夢を
団体職員たちが
追いかけていく

地表の近くは
ハンガーの匂いで
賑わい、そして

小さすぎて
誰にも聞えることはなかった
つぼみも
誤解も



56

ヒグラシ色のバスが
人と同じくらいのものを乗せて
走っていく
どこまでも溢れそうな
海岸通り
静かに
海戦が始まっている



57

古くからの友人が
おぼつかない言葉を使って
雑誌をめくっている

耳の穴から
鮮やかな山ぶどうが生えている

声をかけようとして
もう誰もいないかもしれなかった



58

共通の話題の中を
一羽の鳥が飛ぶ
くちばしや羽毛の様態
速度の美しさ
などについて語った
ただあの日
あなたはそれを見守り
僕は見捨てたのだった



59

羅列から
滲んでいる
湿った粘土
のような
午後の塊
男も女も
うねり
自分の陰毛に
むせんだ



60

鳴く電灯があったので
となりに
鳴かない電灯を置いた
テーブルは墓石のように
きれいに磨かれていた
ほぐれていくね
握った手を開くと指は
どこまでも伸びていかなくて
ヒツジみたいに
あなたを愛した
お伽噺は
いつもそこで終わっている



自由詩 その海から(51〜60) Copyright たもつ 2007-08-18 09:21:21
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