メッセージ(稿6
ワタナベ

教室の扉をあけると机が整然とならんでいる
錆のこびりついたロッカー、同じような景色の描かれたいくつものデッサンが壁に貼られている。窓から俯瞰された線画、L字型の校舎と塀に囲まれたグラウンド、校舎は塀にむかって屈折し屈折部分は低く腹ばいになっている。その突端で塀は切れており、そこから鞄をたすきがけにした、学生服が入ってくる。塀から上だけは、すべて青く塗りつぶされている。
(どこからか耳の奥に響く声)
窓際の机に鞄を置き、窓枠に力をこめる、つまさきが少しだけ浮く、雲のない空。

校門に立っている、数メートル先には玄関があり、靴箱が並んでいる。レンガ造りの玄関の左手にはグラウンドが広がり、奥には三階建ての校舎が建っている。玄関をくぐり、靴を履き替え、廊下を進んでいく。下穿きが廊下をこする音が響く。突き当たりに階段があり、左には教室が並んでいる。

カルトンと画用紙、HBの鉛筆を、机に置いた鞄から取り出す、そして窓から外を眺める、空は青い、まず腹ばいになった校舎の屈折部分を描く、そして、塀に沿って線を引く、空間部分はグラウンドにする、校門が目に付く、アスファルトがちらりと見えている、鞄をたすきがけにした学生服をそこに配置する、塀から遠く街並みが見える、何も描かない。
空を見る、雲はない、すいこまれ、視界が青く溶けていく。
いつものチャイムが鳴る、画用紙に青い絵の具をしぼり出す、筆で塀から上を塗りつぶす。
(耳の奥に響く声)
並べられたデッサンの端っこに、画鋲で画用紙を貼り付ける。

突き当たりの階段を三階まで上がっていく、教室の扉を開ける。中を見回すと、机が整然とならんでいる。
(耳の奥に響く声)
教室の後ろの壁には、同じような景色の描かれたいくつものデッサンが貼られている。窓から俯瞰された景色、すべてのデッサンの上半分は青くぬりつぶされ、校門には鞄をたすきがけにした学生服が描かれている。いつものチャイムが鳴る、窓際の机に鞄を置き、窓枠に力をこめる、つまさきが少しだけ浮く、雲のない空。

校門に立っている、またぼくは校門に立っている、頭の中で響く声。ぼくの影がながく伸び、レンガ造りの玄関は夕日に照らされている。声がする、ぼくはぼくの校舎に入っていく、靴箱いっぱいに靴は並び、下穿きはない。靴のまま、校舎の中に入り、三階の教室を目指す、声がする、扉を開け、壁一面に貼り付けられたデッサンを剥ぎ取り、破り捨てる、声がする、頭の奥で響く。
画鋲がばらばらとふりそそぎ、手の甲をひっかき、数多にぼくの教室を反射し消えてゆく。ぼくは一心不乱にデッサンを剥ぎ取り破り捨てる。
鞄を投げ捨て、窓枠に力をこめた。
手の甲の傷に、しずくが、ぽつり、ぽつりと落ち、染みこんでゆくたび、遠く燃える空が、頭上からゆっくりと、とうめいな群青に染まり沈む。
ぼくは投げ捨てた鞄の中から、カルトンと画用紙、HBの鉛筆をとりだし、窓から見えるだけの街並み、ひとつひとつの家、ビルディングをできるだけ丁寧にデッサンし、それらの無数の窓からもれるささやかなひかりを、こまかく塗って、教室の後ろの壁に貼り付けた。
ぼくはしばらくそれを見つめて、階段を降り、靴箱の横を通り、玄関から外に出る、校門で学生服とすれ違う、振り向くと、暗闇の中で、学生服が呆然と立ちつくしている、校舎は見えない。
その足元には、一枚の画用紙がぼんやりとひかりを帯びている。
ひかりの中から、矮小なぼくのさまざまな声が聞こえてくる。
学生服は耳を塞いでうずくまり、頭のてっぺんからどんどんと画鋲になり、崩れ、画用紙の上に音をたててふりそそぎ、はねた先の暗闇に消えてゆく。
画用紙を拾う、そのあかりをたよりに、ぼくは歩き出す
あらたなもうひとつのひかりの中へ


自由詩 メッセージ(稿6 Copyright ワタナベ 2007-08-18 01:23:03
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