腐りゆく季節
山本 聖


驟雨と不可視的な大気からの氷の噴霧によって
夏の果物たちはいっせいに腐りゆく

森の中
まだ碧々とした葉のはざまに立てば
濃厚なる芳香
甘酸っぱくそして酔いをひき起こす淫靡な匂い
ブラックベリー、ブルーベリー、林檎に桜桃
それらの麗しい顔の上にみっしりと蔓延る青白いカビの化粧

少しでも触れれば
果物の陰に潜んでいた貴腐の精たちがぱっと舞い上がる
ウスバカゲロウにも似た羽を持つおんなの顔をした貴腐たちは
彼女らの毒を果物へと注入し
そして飛び立ってゆく
そうして果物はカビの化粧を施され腐ってゆくのだ

滴る甘き美酒
それは夏の終わりを告げる涙のひとしずくか

じきに
匂いをかぎつけたカタツムリたちが
厳かに礼拝をするかのように列を成して
何十匹何百匹と
腐りゆく果物に這い上がってくる
何を間違えたか生きているわたしにも彼らは這い上がり
強い香りを放つこの腐敗物を吸い尽くすのだ

どうやらわたしも腐りゆくようだ
貴腐の精はわたしにも毒を注入したのだろう
美酒として食い尽くされ、吸い上げられるのも悪くない

森の中
腐りゆく果物とわたし
冷たい葉陰に静かに横たわっていると
ふわふわと微小の胞子が鼻の穴からわたしの中に浸入する

ふと、眼球をその軟体動物に食われる直前
木々の間から覗いた夕刻の空に
やはり腐った肉色をした月がわたしを眺めおろしているのを見た


自由詩 腐りゆく季節 Copyright 山本 聖 2007-08-13 20:48:53
notebook Home 戻る