「 おちんちん電車。 」
PULL.







ツミヲとおちんちんは、
いつも電車に乗ってやって来る。
ツミヲの棲み家は、
ここから二駅と四つ離れた駅から、
徒歩五分の閑静な住宅街の一角にある。
ツミヲはそこに週七日帰る。
一昨年に二十五年ローンで買ったばかりの築十五年のその家の中には、
六年前に短大を卒業した小柄な奥さんと、
二人の幼い双子の幼稚園児と、
一匹のメス犬がいる。

ツミヲは月に二度、
最終電車に乗って家に帰る。
なのでその夜ツミヲとおちんちんはコンドームを目深く被り、
ここからさらに二駅と三つも離れた駅前のホテルの一室で、
時間の許す限りあたしの中に入る。

時間が迫るとツミヲはいそいそと身支度を調え、
一人でホテルの部屋を出る。
部屋に取り残されたあたしは、
ゴミ箱の中に捨てられたコンドームを、
数えて過ごす。
やがてそれも飽きるから、
ツミヲが買ってくれた黒い下着を身に着け、
ツミヲが今夜に指定した服を着る。
ホテルを出ると最終電車はもう終わっていて、
あたしは二駅と三つ、
歩いてここに帰る。

最終電車の通った後の線路は、
寂しそうに見える。
だから、
線路に沿って歩きながらあたし、
この線路の先に棲む人達のことを、
いつも考える。
ツミヲと同じ最終電車に乗った残業帰りのサラリーマンやOLや、
派遣会社の女子社員や、
夜遊びを覚えたばかりの中学生のことを考える。
そして、
酔っぱらいの吐瀉物を掃除する駅員や、
駅前の交番で保護されている迷子のお婆ちゃんや、
あたしの知らない閑静とは名ばかりの落書きだらけの空気の悪い住宅街の果ての築十五年のシロアリの巣のある欠陥だらけの家の寝室の汚いベッドの上で、
毎晩ツミヲのおちんちんとコンドームを使わないでセックスをしている六年前に一浪した短大を卒業した産後の脂肪が何年経っても落ちない小太りの奥さんや、
歯並びの悪さも奥さんにそっくりな醜い双子のおねしょ癖の治らない幼稚園児や、
先月不妊手術を受けたばかりの一匹のメス犬の摘出された卵巣と子宮のことを考える。

考えながら歩いているといつも線路を外れて、
知らない街で朝を迎えている。
知らない街ではあたしとツミヲとツミヲのおちんちんのことなど誰も知らなくてあたしはここよりも開放的になって、
コンドームを使わないツミヲの精液臭い奥さんの名前や、
ツミヲの精液から生まれたおねしょ臭い双子の幼稚園児の名前や、
生理のなくなった一匹のメス犬のことを、
街行く人達に話して回る。
知らない街の街行く人達は知らない中年男とその奥さんと双子の幼稚園児とメス犬の話をはじめての聞くことのようにうんうんと頷いて黙って聞いてくれる。
話している内に知らない街の街行く人達は一人一人と増えていって、
あたしの前には大勢の知らない街の街行く人達がいて、
大勢の知らない街の街行く人達は口々に知らないことばであたしに何か叫んでいる。
あたしは嬉しくなって知らない中年男のおちんちんの大きさやその奥さんの変わった性癖や双子の幼稚園児のおねしょの大陸の形やメス犬の交尾のことまでを話し続ける。
興奮した大勢の知らない街の街行く人達はあたしを取り囲みもみくちゃにされあたしは知らない方法で次々と抱き締められる。
抱き締める終わると大勢の知らない街の街行く人達は大声を上げ一人また一人と知らない街角の向こうに消えていなくなり。
気が付くとあたし、
知らない街の街角で一人、
話し続けていた。
誰もいない。
だけどあたしは話し足りなくってそれでも話し続けた。
一人ずっと話し続けているとやがてあたしは疲れて、
ここに帰りたくなった。

あたしは駅を探す。
ここに帰る駅を探す。
駅は知らない街の知らない場所にあるけれど、
あたしはどこだか解らない。
迷子になって知らない街の知らない角を曲がり、
あたしはどんどん知らない方に向かって、
歩く。

ここは、
どこなのだろう。
あたしどこで、
道を間違えてしまったのだろう。

知らない街は目まぐるしく曲がりくねりあたしはものすごい速さで知らない街の中を流されてゆく。












           了。



自由詩 「 おちんちん電車。 」 Copyright PULL. 2007-08-10 16:33:16
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