淋しい馬
石瀬琳々

それは朝陽を煌々と浴びる
蜜のような栗毛だったろうか
それとも夜のように流れる黒いたてがみ
そんな事は重要ではないのかも知れない
長いまつげを震わせる一頭の馬が
街角をひっそり駆けてゆく
人気のない真昼の路地を
朝まだきの湿った草原を
黄昏にひしめく交差点のただなかを


ふとした拍子に馬は立ち止まり私をじっと見る
そのやさしい眼差しに手を差しのべたくなるのだ
鼻づらをそっと撫でながら
豊かなたてがみに頬を寄せて
このままずっと二人きり寄りそって
すべてを忘れて眠ってしまいたくなるのだ


けれど馬はまた走り続ける
何ごともなかったかのようにただひたすら
時には他の馬たちと群れになり
あるいは孤独に突き進みながら
はるかな流線を描いて馬は走ってゆく
その蹄のあとを追いかけて行きたくても
私には許されていない 眺めるだけ
ふと光が射して影が出来るように
淋しい背中を眺めるだけの


馬はいつもひたむきだ
淋しいのはきっと私の方なのだろう
いつまでも追いつく事のかなわない時間に
飛び越える事もかなわない日常に
馬は軽やかに走ってゆく
今日も美しいたてがみを蹄を光らせて




自由詩 淋しい馬 Copyright 石瀬琳々 2007-08-10 14:01:17
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