函館の朝
池中茉莉花

雨が降っている
ぱあっと晴れた 海が見たかったのに

なんとなく 落ちてゆきそな
そんな心に
うす暗い 朝の海は 似ているような気がして
食堂から見える海は 見ないことにした

良人は 朝から スパゲティを 食べている
しかも 隣に 塩辛を置いて
みるみる減ってゆく 良人の皿を見ていたら
なんとなく
外は晴れたのかと思った

ふっと海を見た やっぱり陽は翳っている
窓越しに見える砂浜に 青年の影がぽっと見える


「大という字を百あまり・・・」
わたしもためしに 書いてみよう
海は見ないで 砂に ゆうっくり
あっ 生ぬるい

札幌の砂と ちがうのね
こんな日でも 冷たくないんだ
そう 人肌くらいなのね

もう一度 強く書いてみる

わたしは2回でいいわ
これ以上 砂を いじめたくない

青年はまだ 書いている

十分じゃないの 感じたはずよ
砂から伝わる 体温を
と、その時 彼とわたしが 書き散らかした
文字たちを
ざっぶんと波がさらっていった
 

「食べてないねえ。牛乳のむ?」
そっか。朝ごはん中だったのね
ごはんに たっぷり 塩辛をかけて
大きな口で ほおばった

あとで海を見にゆこう

そして 砂浜に
「生」という文字を 
書き残そう



※「大という字を百あまり」
:「大という字を 百あまり 砂に書き 死ぬことをやめて 帰り来たれり」
  石川啄木『一握の砂』より


自由詩 函館の朝 Copyright 池中茉莉花 2007-08-10 09:26:48
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