水記憶
木屋 亞万
雨粒が空から降ってくる時
水滴達が地に落ちてくる時
故郷とさよならを交わした後の
乾かされた空しさが
すべり落ちたハンカチのように
頭の上に降ってくる
十数える間にもう地面だった
故郷は届かぬ雲の上
鯨の潮吹きに紛れ込む頃に
植物の葉から蒸散する頃に
不可視の水は空を飛ぶ
雨上がりの虹は
懐郷病の子ども達
空にかかる七色の橋は
天の手前で折り返し
水平線の少し上を
たなびいていく
霧の中へ続く
かわいい子は旅をするのだ
水がふるさとを懐かしもうとする時
鮮明に浮かぶ故郷は無い
同じ場所に戻れる保障などない
日々が別れであり
別れを通して記憶を作っていく
水のアルバムを開いて見ると
丁寧に遺された景色たちがあった
新聞記事を集める時に
記事自体は流すように読み
わからないところなど気にも留めず
切り取る作業だけは
何倍も細やかに
遺しておく
記憶で膨れ上がったノート
別れは日常茶飯事で
滝ぐらいの落下なら
ひとつながりの流れと見る
木陰の落ち着いた流れの場所で
在りし日を振り返ってみたり
石にぶち当たる渓流の中で
周囲の有難みを感じてみたり
浅瀬の汚れた泡の中
弾けた空に酔ってみたり
雨上がりの空に戦意はない
ただ善意とともに
水の変遷に光を注ぐ
今日もどこかで光合成が
水と太陽の呼吸の中
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象徴は雨