ワイン
円谷一
噴水からもトイレの水からもワインが出ている
川の上流でクマが葡萄を搾っているらしい
逆に水の需要が増えた フランスの水道から出たワインを買う人もいる
自然界が酔いに酔った 小便も赤いものばかり
雨を見た時 これはなんだと思って 外に出て全身に浴びた
何の味もしなかった ワインに麻痺し過ぎていたからだ
雲だけが水を降らせていた 水の存在を忘れていた
北極では白クマがワインを凍らせて巨大なシャーベットを作っていた
生き物達は喜んで食べた
白クマは東京の板橋で洋食屋さんを開いて 肉や魚や自分の肉を切って料理していた
魚は鰭を叩いて 料理を褒めた イルカはイルカとなごり雪を歌っていた 人には聞こえない超音波で 東京タワーを中継地点として全国の超音波を聞き分けられる生き物に伝えた
とうとう水が元のワインの値段になった 貴重なものなので高価で料理する時は当然ワインを使った 素麺を茹でると真っ赤になって どれが色のついていた一本か分からなくなってもう一度買った
葡萄は普通の値段だった 葡萄は諦観していた そして自分達の血を飲みたいのにどうして雨ばかり降ってくるのか不満を持った そういうものをクマは盗んで世界の川に繋がる上流で搾って混ぜ合わせた クマはそのかすを食べて毎日10時に眠った その為日本テレビのドラマを見ることはなかった
その頃白クマは──洋食屋と掛け持ちして寿司屋を営んでいた 白クマの握る寿司は箱を使って作るので角の尖っている立体長方形のものができた 味はまぁまぁだった そしてデザートに北極から取り寄せてきたワインのシャーベットを用意していた これが舌の肥えた東京人に大人気となり 店の横にかき氷屋を作って売り上げを伸ばした
白クマには病気の妻クマと子グマがいた 北極に住んでいた頃はまともな病院が無くて市販の薬を買っていたが全く効かなく苦しい思いをしていたが 東京に来て成功して動物病院で妻と子を見てもらえるようになり病気に効く薬も調合してもらえるようになった それは全てワインのおかげであり ワイン様様だった 今は2匹とも元気になり休日には公園に散歩に出掛けたり 上野動物園に遊びに行ったりしている(ちなみに上野動物園にいる動物達は全てスーパー・モデルだ)
人の目を盗んで葡萄を搾り続けたクマは秋の最盛期を過ぎると冬眠の為に食料を探し続けた そして葡萄を搾るのを止めてしまった 川はまた透明な色に戻った その水からは不思議とアルコールも消えていった 世界は逆転した 水とワインの値段が交換され 北極の氷は海水が凍るようになり 白クマはたちまち店が潰れ 人間の手によって北極に連れ戻されていった 川の上流にいるクマだけが お腹を一杯にしてワインの瓶が敷き詰められた洞穴に入って ワインをたらふく飲んで冬眠に就いた