ウサギの部屋にて
山本 聖
そもそも
言葉というものが先にあったのか
ひとが自らを自動書記に設定したがために
言語というものが存在を始めたのか
そのようなことを考えているうちに部屋が一面ウサギの毛に覆われた
ふんわりと耳たぶに生えたようなのと同じ柔らかさの
カビのような白に曇天色のぶちが入ったウサギの毛は
室内にあまりに心地よい湿気をもたらし
私は危うく言葉を囁いてしまいそうだ
部屋の成長に意味を与えてしまいそうだ
壁一面
天井床窓扉電灯机なにもかもすべて
ふんわりに覆い尽くされて
黄金虫が舞い降りる
顔を撫でてはにやりとほくそ笑みあい
獣くさい空気を呑む秘密の乾杯
ぽつりぽつりと無意識のうちになにごとかを呟くと
空間が
言葉を得る瞬間瞬間に伸び上がってゆく
さまざまな色で
さまざまな匂いで
世界はどこまで密集し続けるのか
ひしめきあってぱん、ぱん、と弾けあうのか
キューブ状のワンルームが蜂の巣のように
ひとひとりひとりの空間を為す
言葉と同じように
言葉を吸収して
この世でただひとつの部屋であらんとする
ある部屋は愛らしすぎるような気恥ずかしい花に満ち
ある部屋は愛おしくなるような血に塗れ
意味があることだらけ
まるでそれが価値のあることであるかのように
私もいつか全身をウサギの毛に覆われて
もはや何も発することもできずに息を詰まらせたとき
ぱん、と弾けるのだ
そして意味のないただ濃厚な匂いだけを発する物体と化して
世界の幾万幾千万の破裂を聞こう
きみの破裂をも聞こう