てんぷら
月音


あなたの好物を作ろうと
夕暮れ
サンダルを引っ掛けて買い物にでる

昨夜の 些細ないさかいの 償いに
海老の殻を
無心でむけば
いとおしさに変わるような気がして
という
無邪気な打算

魚屋さんの奥に入ると
冷蔵ケースの向こう
車椅子のお年寄り

それを押すおばあさんが見えた

「今晩は さわらでも焼きましょうかねぇ」

あぁ うぅ と
言葉にならない返事をして おじいさんは微笑む

帰り道
あんばいの悪いことに 雨
ぱたぱたと家路を急ぎながら 
                  
想像して  しまった 

肩についた水滴をはらいながら ありありと
                  
思い浮かべて  しまった

あなたが もし

服を着せることは できる
体を拭いてやることも できる
しもの世話だって できる
歯を磨いてやることも
抱えてベッドに寝かすことも
車椅子を押すことも

でも
あなたが 本当に 今夜食べたいものを
言葉にできないとしたら
わたし
うどんが食べたいあなたに
焼き魚を出してしまうかもしれない

何も言わずに 口に入れたとしても
それを
分かってやれないかもしれない

「てんぷらが食いたい」

そんな我儘だったら
真夏のクーラーのない台所だろうと
喜んで聞いてやろう

大真面目で
思った

「美味い」

そう 言われたら
今夜は 泣いてしまうかも
しれない












自由詩 てんぷら Copyright 月音 2004-05-23 21:05:23縦
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