「その海から」(41〜50)
たもつ

41

市民会館の大ホールを
ゼリーは満たしていた
屋外では雨が
土埃の匂いを立てている
観客の思い浮かべる風景は
みな違っていたが
必ずそれはいつか
海へとつながっていた



42

遠い親戚の
燃えるような匂いがしている

あなたの折る鶴の顔は
みな優しい

原野に置かれた輪転機は
誰にも迷惑をかけなくなった



43

ひたすらコーヒープリンを
食べ続けた夏があった
風は脈拍や鼓動の近くを吹き
僕はその夏
届出する書類もなく
自分の名前を書くことはなかった
ただ薄い皮膚が破れないように
気をつけていた



44

雲のお墓に
壊れた自転車を捨てに行く
途中、虫の社宅に
陽光は惜しみなく注ぎ
非番の者が平たくなって
ベランダに干されている
星の準備に忙しいのだ



45

レールはきみだ
枕木はぼくだ
二人で寝転んで
そのまま
今日も電車来なかったね、と
ぼくらの地下鉄ごっこは終わる



46

鉄棒の近くで
あなたの柔らかい体を拭く
懐かしい感じしかしないのに
あなたの背中には汗疹があって
僕にひりひりと痛い
前回りを一回して
タオルを洗いに行く
逆上がりは
あなたが死んでから
練習しようと思う



47

馬は海を見ている
その尻尾にはランプのように
ほのかな灯がともっている
待合室のソファーでは
妹のいない船長が
簡単な説明を受けて頷いてる



48

人々の歓声があがったので
そちらの方を見ると
人々、に良く似た
一人の人だった
他人事とは思えない
上手な埋め方を
おぼつかない
手つきで
口つきで



49

ホームセンターの
生活雑貨売場に
誰かの修飾語がうちあげられていた
もう何も修飾することなく
干からびるのを待つだけだった
さしたる根拠のある話でもないけれど
その場所からはいつも
男が自慰をする
狭そうな窓が見えた



50

夜が明けるころまで
足に合う靴を探し続ける玄関が
海の前に広がっている
やがて足音は魚影となり泳ぐのだが
まぶた、と思うとそれは
静かに閉じられてしまうのだった





自由詩 「その海から」(41〜50) Copyright たもつ 2007-08-04 19:11:40
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