――そういえばショウユバッタの正式名称はショウリョウバッタらしい
――口から醤油出すのに
金曜の夕方
インターフォンが鳴った
ドアを開けたら足元に
ショウユバッタが一匹いた
ふれあいに餓えていた俺は躊躇無く彼を部屋に招き入れた
四畳半の中央
炉畳に居座った彼はキチキチキチと
「私の名前はソイソースグラスホッパー。お前は」
「俺は」
俺は法の目をかいくぐって手に入れたなけなしの闇米で彼に塩粥を振舞った
彼は家計簿のレシートを階段にして茶碗の縁に登り
溶けた米を一粒ずつ
時間をかけて咀嚼した
それから
俺は彼と話し合った
キチキチキチキチキチキチキチキチキチキチキチキチキチキチキチキチキチキチキチキチ
壁に背中をピッタリと付けて直立し
床と脳天の平行線と壁の交点に
日付時間を書き込んだ名前シールを貼った
やっぱり今日も
変わらない背
「お前、選挙には行ったのか」
「いや俺、ノンポリ馬鹿なんで、”選”の付くもん、苦手なんです」
「学校は行ったのか」
「まあ、一応。小卒みたいなもんですけど」
窓の外では
街頭演説と竿竹屋と廃品回収の軽トラが怒号を張り上げてネックアンドネックを張り合っている
カラになった茶碗
その中を舐めるソイソースグラスホッパーに
梅昆布茶を出した
「私は土の中で生まれたが、世界節足を自負している。産まれはどこだ、お前は」
「俺は」
俺は茶碗を片付けて浸け置きしてあった食器と一緒に洗った
切れかけの電球がプチプチと点滅して後頭部を小突き
射落とされたカワセミの腹のように夕日が鳴った
「哀れなものだな。自意識ってのは」
キチキチキチキチキチキチキチキチキチキチキチキチキチキチキチキチキチキチキチキチ
空の猫背をジッパーで開くように
まばたきの多い飛行機が北へと亡命し
影の薄い衝撃波が窓をノックして歩いたが
誰にも相手にされず 結局 電柱の陰で野垂れ死んだ
野良犬の小便に溺れて
「太鼓橋で拾ったんですよ、命を。
交番に届けたんですけど、落とし主が他界してたみたいで、帰りに1割貰っちゃって。
残り9割ですか?誰かのお遊びにでも使われたんじゃないですかね」
俺の話を浴びつつ
ソイソースグラスホッパーは興味無さげに
ずっと脚を擦り合わせていた
家計簿のレシートは下の層から順番に黒ずんでいく
点滅する蛍光灯が映写機の真似をして
アイソメトリック投影法にしたがって俺の等軸測投影図を畳に焼き付けた
縦横斜めの線をなぞって
要領さえ掴めば簡単だ
相手の嗜虐心を満足させればいいという話
「つまらねえ人生だな」
呟きを足場にしてソイソースグラスホッパーは跳び上がり
14型テレビデオの上に立つミニチュア骨格模型の頭に乗った
つまるところ 命は誰かの足の下
文法を忘れている間は
キチキチキチキチキチキチキチキチキチキチキチキチキチキチキチキチキチキチキチキチ
俺は彼と話し合った
それは形而の上へ下へと振れながら深夜まで続いて
静かに
隣の部屋からは大学生アベックのギシギシアンアンが聞こえ始めて
それから
俺の隣でソイソースグラスホッパーが「もう喋るな、話が噛み合わねえ」と泣いた
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