そして僕は絵描きを名乗る
桜井小春

4Bの鉛筆を持つ手が重い。

それでも

描かなければ。

イーゼルに立てかけたキャンパスに

目の前の風景を描き込んでいく。

仕上がった下描きは

ひどく

空虚なものに思えた。



筆を持つ手が重い。

それでも

描かなければ。

下描きの済んだキャンパスに

パレットの上で生んだ混色を

一つ一つ乗せていく。

しばらくして





出来上がった。

完成されたというのに

消えない空虚感。



気が付いていたら僕は

パレットナイフで

キャンパスを切り裂いていた。



描かなければ

ならない。

しかしそれ以来

僕は鉛筆も筆も持っていない。

下手になる

下手になる

焦りだけが

募っていく。



キャンパスは白いまま。



それから

どれだけの時が僕の上を通り過ぎていっただろう。

絵のことが胸のしこりとなっている中で

君と出会った。

君は鈴蘭のようなワンピースを着て

僕の前に現れた。

苦悩する僕を見て

花屋に駆け込むと

鉢植えにされた鈴蘭を買ってきてくれた。

そしてどんな花の美しさも劣るような笑顔を

僕に向けてくれたんだ。



僕の中で何かが弾けた。



白いキャンパスに向かう。

4Bの鉛筆が軽やかに舞う。

絵の具をつけた筆が軽やかに舞う。

僕は一枚の絵を描き上げた。



君の絵。

柔らかく微笑む

君の絵。



昔の僕だったら

またパレットナイフで

この絵を切り裂いていただろう。

何せ

酷い出来だったから。

でもそこに空虚感は無く

変わりに芽生えたのは



君に対しての愛と

この絵に対しての愛。



君は僕の絵を見て

「とっても素敵な絵ね」

と言ってキスをくれた。

僕の目に熱いものがこみ上げてくる。

目の前の君と

絵の中の君がぼやけた。



僕は生まれて初めて

絵描き



名乗った。





自由詩 そして僕は絵描きを名乗る Copyright 桜井小春 2007-08-02 21:40:33
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