葛藤
池中茉莉花

ひさしぶりに 朗読なんか しちゃったの
なんとなくね、賢治を読みたくなったから
『注文の多い料理店』
こわいね。こわいね。こわい話だね
だから 思いっきり こわぁく読んだ

結構体力いるからね、声を出すのは
ふぅ と ためいきついたんだ
そのときね、母が「その後どうだっけ?」って

調子に乗ってその先 読んだ

読んだ先に 待っていたのは、先生、あなただったの

朗読コンクール、先生とわたしの発案で わくわくしながら準備を進めた
その最中も 思い出せない わからない 消えてしまった 何かが
たぶんあったんだと思う
でも、審査委員のわたしも 出場した当日
最下位だったことだけは 憶えているの

その記憶だけが 蘇った
とたんに
わたしの頭は痺れ くちびるも痺れ 胸に鉄板が降ってきて ぐんぐん上から
私を潰しはじめた
居間にだらんと ころがった わたしの頭のなかで 
いろんな液体がぐるんぐるん 回りはじめて しまったの

動けない 動けない

呼吸もやっとのわたしは 
あなたがいないことを 想った

恨む相手も いないのだと

それよりも なによりも
あなたが この世に いなくなってから
憎しみが 哀しみに 変わってしまった
 
あなたの 本当の優しさに 気づいていたのかもしれなくて

だけど こんなに 苦しいのは
あなたから受けた 傷が まだ ぐじゅぐじゅと
くすぶっているからなのですよ

わたしは 自分が憎いのです

もっともっと 愛されなかった子どもたちが
わたしの周りには たくさんいた
でも みんな 自分の皮膚にぺったんと 
子どもたちを抱きしめて そだててる

なのに
わたしは あなたからの仕打ちばかりに 
こだわって 
こだわって
どうして 弱く なるのだろう

本当は わたしは 強いのです
だって 嫌いな医者には「主治医を変えて」と 大声で怒鳴る人間だもの
自分のために 無給で働く医者に そんなことをするような

その強さを 活かせない
ひとを傷つける ことにしか

前を見ることしか できないのだけれど
なんだか 前は視界ゼロの
真冬の 白い石北峠に 見えてしまうのです

先生、それは あなたのせいでは
ないのです
けど


自由詩 葛藤 Copyright 池中茉莉花 2007-08-02 21:14:12
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