組詩「風」 
青の詩人

1.風の運命


風はどこへでも行けた
神様がそう決めたから 
風は旅した
誰よりも自由だった

風は見た
いろんなものを
地平線のかなたの 鮮やかな光を
海をゆく 船の帆の白さを
空の端の ひどく老いた竜を
闇の中で 生まれいずる星を

風は見た
だが風を見た者は
誰ひとりこの世にいなかった
神様がそう決めたから
風は誰とも話せなかった
神様がそう決めたから

風は 風はついに 
誰にも気づかれなかった
気づかれない運命にさえ 
気づいてもらえなかった

風はどこへでも行けた
そして風はどこへも行けなかった
いっそ風はどこかへいってしまいたかった
そして風はどこへも行かなくなった


世界から風がやんだ日 
少女の麦藁帽子は もう飛んでいかなくなった  


2.願い

風のない世界
つまらない世界

鳥が空を渡ることも
船が海をゆくことも
麦藁帽子が舞い上がり
少女の運命を変えることも
もうない世界

煙が揺れることも
花びらや綿毛が飛んでいくことも
異国へ出かけたあの若者の
噂話が老女に伝わることも
もうない世界

風のない世界
味気ない世界

誰もが願った 奇蹟を
風の名を知らぬままに
吹いてほしいと願った
鳥も船も少女も煙も花びらも綿毛も
古びた家にひとり暮らす老女も
願った 風の訪れを
その姿さえ知らぬままに

だが風は吹かなかった
世界は動かなかった


風の願いは
消えたい
それだけだった






3.世界


だが風はどこかで覚えていた
はじめて空を飛んだ日のことを
体が軽くて ふわふわで
風を抱いたのは 柔らかな青の肌だった

そうだ
いつもそばには 
空がいてくれた
空だけが わたしを包む 
愛だった

あのひとにだけは
自分を見せても いいと思った
あのひとのためだけに 
もう一度 飛びたいと思った

空を飛ぶことを
空と溶け合うことを
願った
神様に願った


すると涙がこぼれた
空から
涙がこぼれた

風は はじめて見た
空の涙を 見た

空は 優しくささやいた
ありがとう 
その願い 選んでくれて
あなたの運命 世界をつくった
わたしのこと 覚えていてくれて



神様に気づいて
風は 舞い上がった
その姿を 神様だけに見せて
それでよかった
世界に舞い戻った
奇蹟が

気づいた
世界は 始めから
空に包まれていた
奇蹟だった
愛だった




4.風吹く丘で


窓を開ければ優しい風 
丘には今日も 大きな木
思い出します あの日のこと

幼き私 大きな木の下 
日陰に腰かけ 物語を読んで 
木の葉のささやき 風がいるのね
大好きな麦藁帽子 風に飛ばされ
気づけばどこか 知らないところ
そこで私は 彼と出会った

あふれる笑顔 彼と寝転び
感じた 風の気持ちいいこと
雲は流れる ゆるやかに
それから毎日 ふたりで遊んだ

彼は言った 行かなくちゃ
もう会えないかもしれない
私は言った あなたを待つ
もう一度この 風吹く丘の木のそばで
幼きふたり 未来を約束
風のように 見えないものを
約束した

ずっと待っていた
ずっとずっと待っていた
風はいつか吹かなくなった
どこへ行ってしまったの

ある雨の日のこと
霞む空気に きみの光を見た
けれど舞い戻ったのは 
彼ではなくて 風だった

だけど私 風のように
見えないものを信じたの
見えなくてもさわれなくても
かならずあると信じたの

窓を開ければ優しい風 
風吹く丘で きみを待つ
終わらない物語 胸に抱いて
古ぼけた小さな麦藁帽子かぶって



 
5.風

今日も 空 高く 吹きわたり
あの鳥の 背中を強く 押しているらしい
だけどわたしは それと気づかない
気づかないから 人はそれを 
風 と呼んだ

今日も 野原を 駆けまわり
あの木の 葉を優しく 揺らしているらしい
だけどわたしは それが見えない
見えないから 人はそれを
風 と呼んだ

風よ 風
もしもそこにいるのなら
その輪郭を 色を 形を
その匂いを 声を 肌を
どうか わたしに
わたしに
どうか


風は今も どこかを 吹きわたり
その存在に わたしたちは気づかない
気づいた
誰かがそう叫んで
それを言葉に
五線紙に キャンバスに
閉じ込めたとき
それはもはや
風では なくなってしまった

気づいた
気づいたら 去ってしまうことに      


自由詩 組詩「風」  Copyright 青の詩人 2007-08-02 12:12:12
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