レインフォール
月見里司
区画整理された綺麗なニュータウンの公園には滅多に人が寄り付かない。今も当たり前
のように公園は無人で、手入れだけは充分な植え込みのツツジが褪めた色の花をつけてい
る。雨が降っていて、辺りは青い薄闇に包まれている。敷き詰められた赤レンガ風のブロ
ックは水が滲み込むこともなくただ濡れ、曇った鏡のように周囲の風景をおぼろに映し出
している。大きい雨粒が落ちるたびに風景は歪み、割れる。雨粒は傘も打ち、雨音は鼓膜
を打つ。雲は厚く、鏡が割れる音が届くことはない。
(レインコートを着た少女が踊っている。見えない相手の腰に腕を回して、三拍子のス
テップを踏んで踊っている。レインコートは小学生の傘のような眩しい黄色で、辺りの青
い薄闇から一段浮き出ている。目深にフードをかぶっているのでその表情はわからない。
背は高くない。レインコートを着た少女が笑っている。踊りはやめぬまま、時折体をふる
わせ、片手で腹部を押さえて笑っている。離れているのでこちらに笑い声は届かない。傘
は差していない。風が吹く。ブランコを揺らし、滑り台を降り、シーソーを傾け、運梯を
渡り、ジャングルジムをすり抜け、私の傘を飛ばし、少女のフードを取り払う。長い長い
髪が一瞬だけ広がり、濡れてしなやかに体にまとわりつく。黄色に絡む黒。少女は笑うの
をやめる。少女は踊るのをやめる。少女が私の傘を拾う。少女がこちらを向く。私は少女
の顔を)
随分と強くなった雨はチャンネルの狭間のような音を立てている。数本だけ植えられた
背の高い広葉樹がノイズ混じりの風に煽られてざざ、と震え、鏡像はうつろな目でこちら
を見る。傘を差し、灰色と濃青の緞帳に背を向ける。側にあるベンチの下に段ボール箱が
置かれていた。口は開いていて、汚れきった青い薄手の毛布が敷いてある。中身は、入っ
ていない。
//2006年5月25日 「文学極道」投稿