車椅子の背中
悠詩

斜光のまどろむ講義室
ノートを広げて座る僕と
入口には車椅子の男の子

授業までの待ち時間を持て余し
ふたりは
ノートの隅に書かれた
シュレーディンガー方程式の
井戸の中で
はにかみを分かち合っている

可動の机たちがとおせんぼ
大きな車椅子は収まらない
男の子は机を抱え上げ
スペースを作り出した

はにかみは分断され
僕の中に戸惑いが蟠る
凍結する時間と
稼動する時間と
越えられないポテンシャルの壁を
定義してしまう



「こんなひとたちでも頑張っている」
そう口にした時点で
もう偽善がほつれ始めている

個性を尊重し自分で解決する姿が
輝いているとか
障害に手を差し伸べるのが
道理なんだとか

白や黒の裏側の色で
救いの詩を紡ごうとも
(ああならば僕は何のために詩を紡ぐ)
万が一にもそれが真理であろうとも
(何人騙せば気が済むんだ)
今現在の忘れられた講義室に
エネルギーの励起なんて訪れやしない

その背中を見た時点で
僕の空想は地に足をつけた



トンネル効果で壁をすり抜けた腕が
背中の輝きを掬い取る
なんの理由もない輝きなんてない
おごそかな痛みと
かすかなはにかみ

僕は淡いピンクで彩られていた
彼がそうしてくれていた



詩を綴るため
僕は立ち上がる
男の子の
「ありがとう」という詩が
聞きたかった



自由詩 車椅子の背中 Copyright 悠詩 2007-07-31 03:05:52
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