「 とまどうペンギンどもよ今すぐ羽ばたきあたしに続け!。 」
PULL.
あたしは起きると夜になっていて、
サメザイはいつも、
「おはよう。」
とは言わず、
「こんばんは。」
と言う。
それは皮肉ではないのだけれど、
あたしには皮肉に聞こえて、
だから、
あたしはまたひとつ、
起きたことを後悔する。
サメザイの横を通り過ぎて、
浴室に向かう。
背中に、
サメザイの視線を感じる。
あたしは何も言わない。
サメザイの視線は、
いつだって、
あたしの心をざわざわ波立たせる。
シャワーを浴びていると、
向こうで、
サメザイの声がした。
泣いているのかもしれない。
あたしはシャワーを強くして、
冷たい浴槽の中で、
膝を抱えてうずくまった。
こんな姿は、
サメザイにだけは見られたくない。
浴室から出ると、
キッチンにサメザイがいた。
サメザイの背中が、
言った。
「スフレ、
食べるでしょ。」
「ええ…。
あなたは?。」
「わたしはいらない。
さっき外で、
食べてきたから。」
「そう、
わざわざありがとう。」
サメザイは慣れた手つきで、
鍋の中にバターを入れ、
掻き回す。
サメザイの背中は、
こんな夜でもぴんとしていて、
あたしとは随分と違う。
サメザイの手が卵を割る。
殻を使い卵白と卵黄を分けながら、
サメザイの背中が、
「締め切りは?。」
と訊いた。
「三日破った。」
「そう…頑張ったのね。」
「そうよ頑張ったの。」
サメザイはあたしに、
「頑張った。」
を言う時、
ひどく満足そうな顔をする。
だから、
サメザイは知らない。
あたしは一度も締め切りを破ったことはない。
サメザイの手が、
殻と卵白を捨てる。
その指は卵白に汚れていて、
ぬめぬめと光っている。
サメザイはそれを蛍光灯に照らし、
しばらく眺めていた。
サメザイが振り向いた。
サメザイの口が、
言った。
「わたしは頑張ったわ、
あなたとのこと。」
焦げ付いた卵黄の匂いが、
何故だかひどく目に沁みて、
サメザイの顔が、
見えなかった。
了。