無人駅
悠詩

闇に川音の迷うはざまの村
トンネルに切り取られた高架橋
しじまを蹴散らしていく道しるべ
はざまに閉じこめられていた記憶が目を覚まし
一瞬顔をしかめるも
手招きに不安を煽られ
闇の入り口へと消える


目をすがめた階段の前には
砂時計の底から落ちてきた
乗車券引換券発券機
息を殺して俯いている

ふにゃりと崩れそうなボタンは
押したら悲鳴を上げそうで恐い
噛まれて血が出て
吸い込まれるかと思ったけど
触れると同化は拒まれた

吐き出されたひとひらの紙

ねえ
願うだけなら簡単なの
それなのに
こんなに胸が痛むなんて
わたしは痛みを確かめるため
何度も何度もボタンを押した
ちぎっては捨てる夢が
無責任に溢れていった


薄っぺらいアイデンティティに身を委ね
強くなれますようにと祈りながら
不文律の階段をのぼる
覚束ない足跡は
届かぬうつつへの逓送曲フーガにお誂え向き

とまどい風に揺られる引換券
薄くて弱くて
わたしの血を捺印しても
やっぱりすぐに破れてしまうんだろうな

行き先不明の証明書
はじめからお金のいる切符を買うより
乗車券引換券発券機のボタンを
押すほうが勇気がいるなんて

カラのアイデンティティを握り
世界の亀裂をたゆたう



高架の上の無人駅



足元に水平線を定義
よそよそしい故郷は湖底に眠りに就く

トンネルにくぎられた夢の通り道は
実存を奪い寒気がする
この気まずさからいつ開放されるんだろう
くたびれたひさしの下の
着飾った時刻表を見る
(ああ駅員にとってここは単なる点なんだ)
(わたしの始発駅は断章の一片)
乱数表は虫食いだらけで
夢の期待値は少し下がった

(しわくちゃの引換券)
(不在証明)

ひさしの下に男の子
手には二枚の乗車券引換券
隘路あいろに心を置き去りにした瞳じゃあない
多分遠くの無人駅から来る友人の
キセルの手伝いだろう


届きそうなふたりの距離
届きたくないふたりの距離
同じ土に培われてきたのに
どこか恥ずかしくて悔しくて



「ここがわたしの故郷です」なんて
空々しい言葉が
行く先々で
こだまして





しわくちゃになった
乗車券引換券を見る
少し黄ばんだ紙に
名もなき駅の名は刻まれていた

迷子になっても
帰られる故郷は湖の底に
静かに眠っている



(しわくちゃの引換券)
(存在証明)






自由詩 無人駅 Copyright 悠詩 2007-07-27 23:47:32
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