あいのねこ
夕凪ここあ
鼻先に突き出してやると
給食の匂いに
ひょいと頭だけを出す
小さくあくびをして
そこでは伸びも出来ないだろう
机の中の猫
小学生の夏、4年目の
算数の教科書を探そうと思ったら
手をとってしまった
やわらかなにくきゅう
あ
と声に出してしまって
先生に怒られた
分母でも分子でもそんなのどっちでもいい
ただ、にゃー
とだけ鳴けばいいおまえは
机の奥への収まり方をよく知っている
下校のチャイムで
あんなにも頑なに机に挟まっていたおまえは
軽やかに窓辺に身をひるがえす
橙色の夕焼けを体に吸い込んで
満足げに鳴くとやがて一眠りする
一人と一匹で
おまえの背中には
あいに似た形の模様
いちばんに覚えるひらがなみたいに
あたたかでどこかさみしいのは
いつか
忘れてしまうものだからだった
目覚めると
背中を撫でていたはずの右手が
おぼろげな二文字をもう忘れかけている
どうりでかなしいはずだ
燃えるような橙の陽炎の窓を開けると
あの夏の放課後
にゃー
おまえの鳴き声が聞こえた気がして
台所からにぼしを一切れ握る手はあの日より
一回りも二回りも大きくなって
当然、嘘も覚えてきた
そうだな
今日は家の引き出しを
片っ端から覗いてみることにしよう
探しものをするみたいに
また
出会えたらいい
やわらかなしあわせに