トンネル/天国/書店
吉田ぐんじょう



わたしの住む町にはトンネルがある
トンネルはぽっかり口を開いて
雨の日にも晴れの日にもただ
怠惰そうに横たわっている

トンネルってなんだか産道みたいだ
トンネルを通り抜けるということはすなわち
産まれ直す
ということでもあるように思える

温かくて暗いトンネルは
壁といわず天井といわず
うっすらと鼓動を打っているように動いて

わたしは入り口に立ち尽くして
出口を眺めながら長いこと迷っていた
入ったら最後
向こう側で何になってしまうのか
解らなくて怖かったから

むしとりあみを持った少年が
駆け抜けてって子犬になって

携帯電話で遊んでいた女子高生が
通り抜けてってストラップになって

わたしはため息をついて
一歩踏み出す
ざしゅ
という音が反響して
羊水の中にいるみたいだった



屋上で高校生たちが固まって
いったい何をしているのかな
と思ったら
飛び立とうとしているんだった
白い開襟シャツの群れは
一度
二度
ためらうように手すりの上でジャンプしてから
両腕を広げてはためいてゆく

屋上には無数の革靴と
きゃんぱすのおとだけが残されて

飛び立っていった高校生たちは
それっきり戻ってこない
ニュースは高齢化高齢化としきりに騒いで

でも多分
とわたしは靴下を履きながらテレビを消す

でも多分どこかにあるはずだ
若者だけがたどり着ける楽園が
そこではきっと高齢化も年金も耐震偽装も
なんにも関係なくて
ただいつも美しい音楽が流れている場所のような
そんな気がする

人はそれを天国と呼ぶ



書店で働いていたら
狐の子供が入ってきて
わな図鑑
という本をレジに持ってきた
葉っぱのお金で払おうとするので
だめだよ
ちゃんとゆきちとかそうせきとかひでよとか
そういうのが印刷されてるお札を持ってこないと
と注意したら
でもこれはぼくのもっているはっぱのなかで
いちばんきれいなはっぱだから
とか言って
ぜんぜん人の話を聞かない

きれいでもなんでもだめなの
と言って
ちょっと後ろを振り向いた隙に
狐の子供は葉っぱだけ置いて
ちょろちょろっと逃げていってしまった

まったくしようのない狐である

仕方がないので
自分のおさいふからひでよを出して
レジスターの中に入れておいた

わな図鑑を買っていったあの狐は
わなにかからずに健やかに成長しているだろうか
そうだったらいいと思う
そうじゃないといやだと思う

狐の子供が出した葉っぱは
現在わたしが持っているが
晴れた日に頭の上に載せて遊ぶと
時々違うものに変身できるので楽しい

書店は今日も人や人でないものを相手にして
順調に営業を続けている



自由詩 トンネル/天国/書店 Copyright 吉田ぐんじょう 2007-07-27 15:59:51
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