気をつけて
砂木
重たいスカートのひだも
ほっとして忘れていく夕方
会社前のバス停で くみちゃんと会う
寮に帰るため一緒に並んだ
秋田へ帰るんだ
熊本出身のくみちゃんに言った
そうだってね これから送別会しない?
これから? ええっ?
裏道などよくわからない
会社の付近を まっすぐにうろうろと歩いて
小さな飲み屋さんに入った
辞めるとはいっても きっちり一月前に
辞表をだした私は 明日まだ仕事だし
お銚子を一本 頼んで ご飯を頼んで
はしゃぎつつ乾杯して別れを門出にした
私達はお店の中で 少し浮いてたかもしれない
店をでると 外はすっかり暗い
十時の門限までは ゆっくりと間に合う
三月の風は冷たいけど心地良かった
バス停まで歩きかけた時 ふいに
男が前に立った
いくらだ
と 言う
いくら?
聞き返すと
やってるんだろう
と 声をあらげた
なにを? と
聞き返そうとした私と男の間に
さっと くみちゃんは立った
私の手首を掴んですぐ走った
男が叫んでる
いくらっていくらって
わたしのねだん?
そんな女にみえたって事?
走って 段々歩いて寮に帰り着いて
くみちゃんと別れて 部屋に戻って
せっかくの送別会だったのに
知らない男に受けた屈辱に怒り狂っていた
故郷へ帰る時 くみちゃんは ミニ・ボトルをくれた
私は大事にして めったな事では飲むまいと思った
そしてあの暖かな送別会を思い出すと
あの男も思い出した
田舎へ帰っても親には言えなかった
誰にも言えなかった
笑い話にもできなかった 若い頃
年をとり 珍しくもない話だと
今なら苦笑ですませられるが
あの時もし一人だったら
あの男は どうしたんだろう
二度と故郷へは 戻れなかったかもしれない
手をとったのが くみちゃんで本当に良かった
でなければすべての男を 私は憎んでただろう