人形
山中 烏流

手を引いて
歩く指先は、きっと
温かかったような
そんな気が
している
 
お母さん、と
間違えて呼んだ私の
頭を撫でては
大丈夫と
微笑んでいたから
 
 
髪を結う仕草の
拙さに笑っては
庭の芝生に寝転んで
何も映さない瞳に
空を投じていた
 
月が眠るまで
絵本を読み合っては
何度も、何度も
話の続きを
聞かせてくれた
 
 
あの日
ゆっくりと閉じた瞳の
溢した雫の意味を
 
私は
知らない
 
 
あいを知らないと
生きていけないことを
誰かから教えられたような
そんな気が
している
 
あいを知らないと
何も抱えられないと
気付いたのは
いつだったろうか
 
 
押し潰される
重圧に呑まれたまま
私の腕からは
記憶がはみ出していく
 
お母さん、と
間違えて呼んだあの人は
誰だったか
誰、だったか
 
 
手を引いて
歩く指先は、きっと
温かかったような
そんな気が
している
 
手を引かれて
歩いていた私の指先は
冷たい金属なのに
まだ、そんな気が
している。


自由詩 人形 Copyright 山中 烏流 2007-07-24 00:41:49
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