影踏み
悠詩

  鬼さんこちら
   手の鳴るほうへ
    あたしのあとを
     追いかけてきて


校庭に伸びる
わたしの分身
光を与えられない
無邪気な沈黙

朱色に染まる
雲の峰から
身を隠すように
はすに構えて

わたしの足もとに
そんなものがあったなんて
光ばかりを見ているから
気づかなかった

その闇はわたしを
誘っているの?
ぴたりと離れずくっついて
今にも飲み込んでしまおうと

鬼さんこれを
飲み込んでおくれ
そう口ずさもうとして
綺麗事を消す

背中もあるし
表情もある
光が違えば
濃さも違う

どんなに目を
背けたい黒でも
見つめ続けよう
決して失わないように



  鬼さんこちら
   手の鳴るほうへ
    あたしのあとを
     追いかけてきて


鬼がひろちゃんの
影を踏んだ
ひろちゃんは
楽しそうに笑った


 +   +


ひろちゃんは恥ずかしがりで
人前では喋られなくて
運動も少し苦手で
からかわれたり
わらわれたりすることもあった

でも
ひろちゃんが喋ることを
知っているコもいたし
一緒にゴム跳びで
遊んだりもした

喋らなくても
いつも誰かが一緒にいたし
運動会のリレーで
最後になっても
リーダーの男の子が
誰もなにも言わなくても
伴走してゴールを迎えた


 +   +


ひろちゃんが影を追いかける
みんなは逃げる
ひろちゃんはなかなか追いつけないけど
泣いたり
逃げたり
しなかった

その声
その拍手が
本当の「遊び」を
教えてくれていたから


朱色は眠り
影はいつしか
世界に溶け込む
手を伸ばしても
目を凝らしても
拾うことは叶わず

でも
わたしたちは
どこに隠れたって
見失えなかった


 +   +


自分が影を持っていること
みんな知っていた

たとえ自分の影を忘れて
ひとの影を踏んでも
次は
自分が自分を見つめる番だと

光が消えて
世界が影で満たされても
わたしたちは
その肌で
その耳で
鼓動や体温を感じ取れていただろう

この記憶は
そんなに昔のことじゃあない


 +   +


校庭に伸びる分身を
子供たちは踏みしだく
自分に影があることを忘れて
鬼はひとりであることを忘れて

この世から光が消えたとき
子供たちは
その鼓動から
その体温から
分かり合えることができるだろうか




  鬼さんあちら
   手の鳴るほうへ
    わたしのあとは
     追いかけないで




     わたしのあとは……
     追いかけないで……







自由詩 影踏み Copyright 悠詩 2007-07-23 21:07:48
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