「その海から」(21〜30)
たもつ

21

カレンダーを見ると
夏の途中だった
日付は海で満たされていた
子供だろうか
小さな鮫が落ちて
少し跳ねた
恐くないように
拾って元に戻した



22

フライパンが笑っていた
自分を鳥類図鑑か何かと間違えていたのだった
図鑑は笑わないことを教えてあげた
図鑑のように笑わなくなった
静かに朝の始まる頃
台所の方から
鳥の羽ばたく音が聞こえてくる



23

朝、一人の銀行強盗が
なくした僕のブランコを
届けに来てくれた
特に困っていたわけでもなかったが
なければないで少し不便にしていた
一日草の花びらが後から
僕の名前を呼んだ
他の名前を呼ばれても
たぶん気づかなかった



24

水槽と同じ匂いの犬が
古ぼけた庭を走り回っている

無言で門扉を直す豆腐売りの
懐かしい肩だけが見える

他がどうなってるか
知る人も今では少なくなった



25

あなたの肋骨と肋骨の間に
一区画の土地がある
あなたが家を造っている
造りかけの家に
夕食時の家族の団欒がある
僕もその中の一人だった
人数を数えていたら
あなたはパジャマを直して
肋骨を閉じた



26

リトマス試験紙が
赤く反応した
近くのやかんには
湯冷ましが半分入っていた
プラスチックの何か
塊のようなものがあった
空には
虹以外のものがかかっていた



27

針葉樹林に雨
人々の労働は原型を留め
たしかに僕の手は
何かを働いていた
カウンターにライス
針葉樹林に雨
生きる、の発音が
うまくいかない



28

傘の柄に書いた名前が
消えかかっていたので
それならばいっそ
消して書き直そうと思って
実際に消してみると
簡単に消えた
それからもう一度書いた
季節とかそういう話ではなく
何かに期待してはいけない
いつもその言葉のとおりだった



29

なにもない、
があった

空から
なにもない、
が降って
なにもない、
に優しく
積もった

なにもない
ただあなただけが椅子に座り
靴のサイズを
気にかけていた



30

壁と壁の隙間で
人は靴擦れし続けた
いくつもの朝があり
newspaperは配られ続けた

わたし、を名乗れば
わたし、はいつも
わたし

異物を飲み込んだ子供たちが
診療所でどこまでも
列をつくっている

その幸せを
人は信じ続けた


自由詩 「その海から」(21〜30) Copyright たもつ 2007-07-23 15:19:23
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