鉄鋼所
九谷夏紀

鉄鋼所が身近になってから
鉄を人に喩えたりするようになって
鉄製の電車の壁に身をすり寄せる

鉄の粉塵は無色で町を覆う
自動車の鉄板に細かな鉄の屑が毎日積もって
こびりついてなかなか剥れず
傷をつけながらそれらを落とす
私の場合口の中がじゃりじゃりしてうがいをしても取れない
小さいものは気付かないうちに入り込んで積み重なって
ある日脅威となる
人との結び付きや習わしもこんな感じかもしれない

冬の鉄は限り無く冷たい
外気は凍えてぬくもりはどんどん奪われて
いくら触れていても鉄をあたためることが出来ないまま
指から五臓六腑へ
冷たさが染み入る
手を離した
生を保てと常に響きわたる声に合わせて

鉄鋼所でかつて見た
真っ赤に熱せられた大きな鉄の板
場合によっては
鉄は燃えて形状も変える
熱量が圧倒的に足りない私はどうやろうかって
また人に喩えて
そこからどんなヒントも生まれそうにないのに

鉄鋼所の煙突から
夕刻の澄んだ空へオリンピックの聖火のようにゆれる炎
早朝の青空に浮かぶ鉄鋼所の水蒸気で出来た雲
それらの下で生まれている
船舶、自動車、高層ビル、アルミ缶、鉄道、飛行機

薄板課、熱延課、連鋳鋼片課、コークス課、精錬課、製銑課
鉄鋼場で働く男たちの夜勤明けの顔とゲートルと
妻と子のための多額の保険金を
歩いて移動出来ない広大な敷地を
思いながら
夏を迎えて
鉄に身をすり寄せる
冷たさがここちよくて
夏だけなのかもしれない
季節や環境次第で気まぐれに左右される
結局はあらゆることが

冬にはどうなるかなんて誰も知らないから
その頃私はひとりではないかもしれないから
今はこの鉄に身をすり寄せる





自由詩 鉄鋼所 Copyright 九谷夏紀 2007-07-22 22:40:48
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