朝だけ
あおば

                 2007/07/18


崖の縁に腰掛けて下を覗く
50m下には波頭が砕けて
落ちてきた生き物を飲み込んで
粉々に砕く気配を見せては
あっさりと引いてゆく
ときどき大きな波が押し寄せて
蟹の親子をひっくり返したりするのだが
むろん、この距離では伺うこともできない
ざふんざぶんと平凡を音を繰り返している

分からなくなったことはなんでもお聞きなさい
隣に佇む秘書が横柄な顔をすり寄せてくる
空白の手帖を閉じて満足そうに微笑んでから
一思いに飛び込んだ
白い波が見える

やわらかい煙突が
妙な形に曲がっている
もう少しで折れて落下する
地震の揺れはそんなに酷かったのだと
テレビの映像は強制的に語る
俯瞰の画像では
蟹の親子の転倒などは見えるわけもなく
崖下に飛び込む水滴の気持ちなどは気にもしない
剥き出した鉄筋からの血が吹き出るような痛々しい画像を見せて
次のシーンに変わる

生きているだけで幸せなのだと
いつも思っているのだけれど
それだけでは不十分で
なにかの形にして示さない限り事実にならない
崖から飛び込んだちっぽけな水滴はそのことを良く承知していたのだろう
蟹の親子を助けるためには身を犠牲にしても良いと思ったのだろう
空白のノートには書ききれない思いが残されていたが
泡立つ感情を白いノートに埋める雨が降るのも朝だけのことと諦めた


自由詩 朝だけ Copyright あおば 2007-07-18 08:40:12
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