回想バス
小川 葉
「フラノ」というレストランで
イタリア料理を食べてから
私は回想バスに乗り
帰るべき家をさがす旅に出た
バスが「いのちの相談センター前」を通過するとき
入口に行列ができているのが見える
私はかつてここで働いていた
ピレネー犬の友人のことを思い出す
先日一緒に
「フラノ」でボンゴレを食べていると彼は
こんどコマーシャルに出るんだ
と言うので
ああ、あの犬がしゃべるやつかい?
私が聞くと
よく言われるけどそうじゃないんだ
さみしい顔でこたえた
数日後
私はあるコマーシャルに出ている彼を見た
それはキャットフードのコマーシャルで
おいしそうに餌を食べている猫を
飼い主が笑顔でなでているその背景の
向こう側のずっとずっとはるか彼方
さみしい顔で歩いているのが彼だった
もうコマーシャルには出ないし
「いのちの相談センター」もやめちゃうかも
彼はさみしい笑いをうかべて
静かにそう言った
彼と会ったのはそれが最後だった
回想バスが町を一周すると
「いのちの相談センター前」には
もう行列はなくなっていた
たぶん彼がやめてしまったせいだろう
ほんとうは彼はそこでとても人気者だったのだ
そのことを彼自身知っていて
それでも満足できずにやめてしまったのだった
その後彼はどこへ行ったのか
ほんとうは知っていたけれども
私は「フラノ」に行って
ボンゴレを注文するようなことはしなかった
あるいはジンギスカンを注文してたら
どこからともなく彼は
照れながらあらわれたかもしれないけれど
それも結局しなかった
回想バスがもうすぐ四十周目にさしかかる頃
私がさがしていた家が窓の外に見えてきた
降ります
運転士にそう言ってしまえば
もう二度とバスに乗ることはない
家には誰もいなかった
けれどもたしかにそこには
父と母が住んでいることを私は感じていた
それはとても近い未来のことであり
懐かしい記憶のようでもあり
家の庭の犬小屋では
ピレネー犬が飼われていることも
とてもよく知っていた
はやく彼と「フラノ」に行って
一緒にジンギスカンを食べたかったけれども
この世界では犬とレストランに行くことは
とても難しかった
だから私は彼にいのちの相談をすることにした
ときにはあのコマーシャル収録時の
失敗談をまじえながら
とても上手におもしろおかしく
いのちの尊さについて
彼はおしえてくれたものだった