青い旋律
桜井小春
汗がそうであるように
涙がそうであるように
この胸の中には海がある。
私は一頭のザトウクジラに恋をした。
優雅に泳ぐ様が
アルペジオによく似ている。
勢いよく潮を噴き上げる様が
フォルテッシモを思わせる。
久しぶりにピアノを弾いてみようか。
ペダルを踏んで
和音を奏でてみようか。
彼に届けばいいと思う。
彼の耳に心地良いのは
もう1オクターブ上だろうか。
私の音楽など
海から聴こえる唄に比べれば
ただの音にしかすぎない。
私が眠りにつく頃
彼は海の最果てへとたどり着く。
否
果てなど無い。
終わりは始まりであるから。
私の回線が巡りゆくように
メビウスの輪はいずれこちら側へと裏返る。
触れたい、と、指先が泣いている。
沈みたい、と、脊髄が軋んでいる。
海底を望んでも無駄。
レクイエムなどいらない。
目を閉じるだけ。
五感の全てに蓋をするだけ。
廃船の帆の切れ端を身に纏い
あなたに逢いに行きます。