寂しい午後
円谷一
喧騒で溢れかえっていると思った午後は静寂で満ちている
陽の光だけが強くて寂しい午後だ
布団にくるまりじっと耳を暗闇の中にそば立てている
もうすぐ眠りに就く頃だ
でも何かが眠りを妨げているようで 何かは体の中で風船のように膨らんでいく
部屋の中は暑い
ふと「魔女の宅急便」が見たくなった 永遠の夢物語だ
回想する キキが少年の自転車に乗って飛行船を見に行くシーン
時間も時空も超えて その世界に浸っているような気持ちになる
寂しい午後が真下に見えるようだ
飛行船になったような気分だ 山々を街を見下ろす
何処までも何処までも進んでいく
しかし突然火が付いて街のタワーに墜落する
飛び起きようとする しかし体が動かない
藻掻いて助けを呼んでいると 遙か彼方からキキがブラシに乗って水をかけにくる
ハッ と目を覚ますと顔に水がかかっていたわけでも おもらしをしていたわけでもない…
時計を無意識に見て 空を見てみると 太陽が昼に馴染んでいて見ているだけでも外の気温が分かるようだ
そっと布団から出て空を黙って見てみる 自転車が呼んでいる気がした
着替えて外に出てみると暖かい風が顔を撫でる 季節の匂いがした 自転車に跨って あてもなく進んでいった おもちゃ屋の横を通り過ぎた
米屋を通過して サイクリングロードに入って行った しばらく進んでいくと 自分の小説に出てきそうな農業国の景色が見えてきた デジャヴかと思ったがとても素晴らしい眺めだった 小説の世界の風と匂いを感じながらまた小説を書いてみたいと思った 書けたらよかった
その先は長い長い坂が続いていた 坂を上りきると きらきらと煌めく海が見えた 海は原子単位で蠢いていて 海の彼方の光の線が歪んでいて 巨大なタコやイカが飛び出してきそうだ
太陽が薄い雲間から顔を出して 額をギラギラと照り付けていた
寂しい午後なんて何処かに行ったようだった 自転車を加速させて下り道を一直線に森の中へ突き進んでいくと 春 夏 秋 冬の季節を越えていった 動物達が視界の端々に映っていた 森の濃密な匂いが奥深くへ入っていくうちに立ち込めてきた このまま闇の奥へ溶け込んでいくか それとも引き返すかという二者択一の心の選択に迫られていた 意識が無くなると姿も自転車も消えていた 森の一部になったのかそれとも風になったのか自分でも分からない でもきっと幸せになれたんだろうと思う