無伴奏
悠詩

   <ホルン 
     1st、3rd:主に高音部
           ソロを演奏することが多い
     2nd、4th:主に低音部
     パート数に人数の満たない楽団では
     数字の若い順に優先して埋められる傾向がある




ホルンを選んだのは
慎ましやかさに惹かれたからで

4thホルンを選んだのは
慎ましやかさに惹かれたのではなく
ただひっそりと音を合わせていたかったから
四番目を見下げてたんじゃあない
すべてのパートが等価だと
無理に頷いてはいたけれど
いじけた心は騙せなかった
境界線の曖昧なわたしは
みんなの背中を窺いながら漂っているのが
心地よくて
アンサンブルの片隅に
無色透明な刺繍を施していくのが
お似合いなわけで


音程がゆらゆら
影法師を踏まれて身をすくめる
息が絶え絶え
鼓動が点滅して身が震える

小さな存在がどんなに努力しようとも
横糸には短すぎて
ほつれた糸は見苦しいからと
切り取られる運命

辞めればいいって?
それはもっと恐い
みんなと同じ世界を見ていたい
苦労して見つけたタノシクナイ?的なことに
しがみついていたい
ひとりになると溶け出すメロディーもなくて
不器用な歌をうたっても
たぶんそれは校庭にぽつねんと佇む鉄棒のように
不気味に
目立ってしまうから


1stホルンのファンファーレは魅力だけど
そんな技術のないわたしは羨むしかなく
1stホルンが音を外しても
あざ笑うなんておとなびた計算はできず
ああわたしの隠れ蓑になってくれていると
背徳的な安堵に溺れて
その瞬間に奇妙な一体感を覚えていた

いてもいなくても
いいわたしは
どっちに転んだって同じだと
みんなの顔色を窺いながら
ただわたしの属する音を
ひとごとのように聴いていたくて
そこにわたしがいることを
掴みたくて



ある日音楽室に
偉い吹奏楽の先生がやってきた
おおきな顔にはげあがった頭
眼鏡の奥の細い目は笑うと線になる
お化けみたいだけど
とてもやさしい声で歌うように囁くんだ

そのお化けが恐くて
わたしはピアニッシッシモしかでなかった
お化けのレッスンだから
わたしは終始お化けみたいに
身を隠していた

「じゃあ、あと一回通して
 うまくいったら終わりましょう」

お化けが囁くと周りからため息が漏れた
それはつまりうまくいかなかったら
終われないわけで
誰かが躓いたら非難ゴーゴーなわけで
わたしは泣きそうになりながら
起死回生の策を思いついた
笑い狂いそうになった

マウスピースを口に当てたまま
頬を膨らませて
吹く真似
吸う真似
歌う真似
休む真似
わたしは完璧な演奏に
完璧に溶け込むことができたんだ


お化けはニコニコしながらいった

「音が欠けていますねえ
 これはこんな曲じゃないんですが」

線のような目は
わたしを一点に見つめていた






ホルンを選んだのは
慎ましやかさに惹かれたからで

4thホルンを選んだのは
ホルンが4パートあったからで





どのステージにも
いなくてもいいパートなんて




どのパートも等価であって







自由詩 無伴奏 Copyright 悠詩 2007-07-11 22:34:25
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