人違い
小川 葉

人違いをした
人違いしたのは
はじめてではなかった
はじめて人違いしたのは
デパートのおもちゃ売場で
母親とまちがえて
知らない女の人に
おもちゃをねだったときだった
知らない女の人は
おもちゃを買ってくれたけど
ほんとうは母親なんか
いなかった
二度目に人違いしたのは
父親とまちがえて
公園の浮浪者に
かたぐるまをせがんだときだった
浮浪者は
かたぐるまをしてくれたけど
ほんとうは父親なんか
いなかった
三度目は
これは人違いとは
少し違うかもしれないけど
帰るところをまちがえて
知らない家に
ただいま、と言って入った
警察に保護された後も
あの家は
ぼくの家だ
あの人はぼくの
お父さんで
お母さんで
お姉ちゃんも
いるんだ
と言って
なかなかきかなかった
それからというもの
人違いは私にとって
いわば処世術
のようなものに
なってしまっていた
という話を
さっきから聞かされて
私を誰と人違いしたものか
居酒屋のカウンターの
隣の席で飲んでいるその人に
あなたは私を
おそらく誰かと
人違いしてますよ、と
なかなか言い出せないまま
ずるずると一緒に
飲んでいるところへ
お銚子をはこんできた
店の親父がその人の
実はほんとうの
親父だったことが
何らかのきっかけで
判明してしまい
私は誰かと
人違いされたまま
その人の親友
ということになってしまい
それでもほんとうの
親友みたいに
そのことをよろこんだ
家に帰ると妻が
外で食べてくるなら電話してよ
なんて言いながら
背広をハンガーにかけている
その後ろ姿
見ていたら
この人も
あるいは私も
実はお互い
誰かと人違いして
夫婦というものは
夫婦になってしまった
のかもしれない
なんて
ふと妙なことを
考えてみたものだった


自由詩 人違い Copyright 小川 葉 2007-07-10 22:16:05
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