くちづけ
水在らあらあ
真っ赤な帽子をかぶって
自転車に乗って
川沿いを走る
そのあとには
くちづけだけが残る
彼女は 詩だから
彼女は 詩だから
窓辺にアリスとかハートのクイーンを飾る
床の間には真実
狭い階段を駆け上って
花びらを 踏んで
手袋をして
町を歩いて
気が向いたら
少し踊って
血は 貴族で
それは きれいで
真っ赤な帽子をかぶって彼女は
下町に向かう
学食を冷やかしたりして
夕暮れを待って
血は 貴族で
二人は きれいで
(噛み付いて ひっかいて くちづけて 呪われて
手のひらで くちびるで からだで 懺悔して
愛して 愛して 傷つけて 傾いて
輝きを 増して)
詩は 詩人には捕らえられなくて
詩人は 詩には なれなくて
詩 は 中にあって外にあって
だったら黙っていればいい
黙って あきらめて 微笑んで
ただ愛して
ただ生きたらいい
真っ赤なドアをもう一度叩くから
真っ赤なドアをもう一度だけ開いて
そしていつかと同じように
もう一度
靴を脱ぐ前に
くちづけをして
草むらに寝転んで
流れる雲にいちいち名前をつける君の
白い頬に
キリギリスが鳴いて
カモメ達が飛び交って
海を見下ろす崖の上に 寝転んで
ジョナサンを探していた
あの詩人を
ほら 羽ばたかないよ あいつだよ
一回も羽ばたかないで
ただ風を知って
世界を 見ている
でも 風を知るのと
風であるのとは違って
君が風なら
おれは風を知っている
世界が詩なら
おれは詩人だ
世界もなにもないのよ
私もいないの
あるのは 潮騒と カモメと
足をくすぐる 草花だけよ
二つのからだの熱と
匂いと
風に乗らずに
ただ風であるということ
波乗りじゃなく
ただ波であるということ
詩人じゃなくて
ただ詩であるということが
どんなに本当で
どんなに素直で
どんなに恐ろしい愛だとしても
その愛で
くちづけて
その詩に
くちづけさせて
それで死んでしまってもいい
それで死んでしまってもいい
そうしたら最後に
詩になるから
凍える光の中で
降り注ぐ言葉のなかで
虹色の
静寂の中で