桃の缶詰
a/t

ちいさいころ熱が出ると

お母さんはよく桃の缶詰を開けてくれた

白くてやわらかい桃はもちろん

スプーンで飲ませてくれる甘いシロップも

冷たくてとてもおいしかった


お母さんはたいてい夕方になると

「どう?」とおでこに手を当てに来た

その手は晩ごはんの支度の最中だから

いつもちょっと濡れていて

そしてひんやりと冷たかった


真夜中でも起きてきて

枕に新しい氷を入れ

寝汗で濡れたパジャマを替えてくれた


いま熱でうなっているちいさな娘に

あたしがしてることは

どうだろう

考えてみるとお母さんのマネばかりだ


桃の缶詰を与え

そのシロップをスプーンで飲ませ

気づくと何度もおでこに手を当てている

真夜中にきちんと目覚め

保冷剤を新しくしてパジャマも替えさせた


気づかないうちにあたしは

お母さんから「母」のバトンを受け取っていたんだ


 この子が成長しいつの日か子供を産み

 そしてその子供が熱を出したとき

 お母さんや私のように

 桃の缶詰を与えるかも知れない


明け方あまった桃を口に運びながら

そんな風な想像して

甘酸っぱい気分になった


自由詩 桃の缶詰 Copyright a/t 2007-07-07 01:45:01
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