夕方にはカエルと言って
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夕方にはカエルと言って
行方不明の父親が現れた
その日仕事から帰ってみれば
珍しく上がりに揃った母親の靴と
並んで見慣れぬ紳士靴
その好い趣味と墨が切れた痛み具合が
父親の物をおいて他にない
真っ昼間からいい匂いをさして
かつての妻に向かって何か喚いている
三人で同じ場所にいるのはいつ以来のことだろう
居間に佇む姿に
月日の留まらぬ疾さを
自分の加齢よりはっきりと知る

夕方にはカエルと言って
根菜ばかり刻んで宵
思い出語りは哀愁を振りちらし
舌鋒が迷走し時事を論じる千鳥足
風呂からひばりを絞め殺したような謡
ふたりきりで眠るのはいつ以来だろう
感傷的になってはいけない
過去を認めたことになる
たばこを火につけ
唯一残された一眼レフを
密かに大切にしていることも
気づかれてはならない

別れの言葉の綴り方を知らぬ世代は
ベランダの日溜りで銀杏と鴉を眺めながら
返済しなければならない負い目などない
と言い放つ
震える盃を干す背中があまりに勝手で
あまりに孤り
肩に手を置かれるなどされた時
どうしてよいのか分らない世代
ある日仕事から帰ってみれば
紙切れが端を折り曲げ机にあった
夕方にはカエルと言って
再び行方不明になった父親が操るぽんこつの軽は
誰も踏み入らぬという白い森を見つけただろうか

果たしてまた誰もいなくなった部屋に生活は続く
いらない書類や軽くなった通帳を仕舞い
薬燗を火に掻けシェークスピアを拡げる
惚けても忘れはしないだろう
笑顔のつくり方だけは

二週間の消費
焼酎五升麦酒廿一缶
大根人参蓮根等大量
刺身少々納豆朝昼晩

そう言えば玄関の鍵は
どうやって開けたのか
今更ながら不思議だ






自由詩 夕方にはカエルと言って Copyright soft_machine 2007-07-04 19:12:39
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