木蓮の咲く丘で
蒸発王
木蓮の花は
宇宙を見上げる
『木蓮の咲く丘で』
花木好きの彼は
木蓮の花が一番好きで
白く甘い芳香が
中途半端にひらいた花びらから立ち上るのを
まるで香りが目に見えるように
眺めていた
そんな彼は
病の入院中
高熱に浮かされながら
こんなことを言った
木蓮の花が完全に開ききらないのは
あれは宇宙を受信しているからだ
夜空の星を見上げ
星の出す低周波から
白銀のプラチナを採取している
でも
最近は
あまり星が見えないから
プラチナがなかなかとれなくて
上手く受信できない木蓮の花は
ああして
不完全に花びらを広げている
何か大切なものを
守るようで
とても
とても
愛おしい
そして
ベッドのわきにある
大きな引き出しの中を見るように言った
見ると
中には小さな苗木があって
木蓮
と書いてあって
何処かに植えて欲しいと
彼は言った
もしも
そんな未来は厭だけど
もしも君が
50年たっても
恋人も
家族も
だれもいなくて
僕を思い出したら
50年後
その苗木を植えた
満天の夜空の下で
木蓮の下を探して欲しい
きっと
受信できる
きっと
熱に浮かされた夜明け
そのまま
彼は帰らぬ人となった
それから
50年
色々な人と
出会い
出会い
すれ違い
出会い
別れて行き
幾つもの
挨拶の果てに
私は一人だった
そうして
今
あの木蓮の下に立っている
真夜中
小高い丘に植えた木蓮は
小さな苗が
すらりとした若い木に
白い花をつけて立っていた
言われたままに
根本を掘る
タイムカプセル気分だった
ふ
と
柔らかな土の中に
白銀に輝く
指輪を見つけた
星のように控え目な
でも激しい
プラチナのリング
(木蓮の花は)
(宇宙を受信し)
(星々からプラチナを採取している)
だから
(何か 大切なものを守るようで)
(とても愛おしい)
花を見上げると
白い花弁は
完全に開ききって
敢然と宇宙を受信していた
もしもあの星の一つが
彼
であったなら
このプラチナは
彼の言葉の意味は
愛おしい
50年越しの告白を
左手の薬指にはめる
私の答えを
伝えようと
滲んだ視界で彼の星を探す
私の目は
塩水をふくみ
あの星の負けないくらい
輝いているはずだ
光を受けて
この木蓮の咲く丘で
彼の愛した花と共に
きっと
私たちは
繋がっている
きっと
受信している
『木蓮の咲く丘で』