月夜の逢瀬
渡 ひろこ

鍵爪のような細い三日月の夜
ある人妻は魔王メフィストと約束を交わしました
禁断の恋の成就を願い
その代わりにメフィストの言うがまま
魂を売ることにしたのです


ただ一つだけ月の出ない闇夜だけは
恋人との逢瀬は禁じられました
すべてを受け入れた人妻に
メフィストが魔法の恋の媚薬を手渡すと
人妻はいっきに飲み干し
自らを捧げてしまったのです


それからの人妻は
罪を一つ犯すたびに綺麗になっていき
嘘を一つ重ねるたびに妖艶になっていきました


ある月の出ない闇夜
人妻はメフィストとの約束を破り
恋人と密会してしまいました
暗い暗い森の陰に隠れれば
見つからないと思ったのです


湖畔の森影で恋人との逢瀬に
時の経つのも忘れていたとき
雲の切れ間から俄かに出た月明りに
湖面がキラキラ光り出し
その光りが反射して
人妻の左手の薬指にはめた指輪が
夜空に向けて輝きだしました


途端に天を駆ける蹄の音とともに
黒い馬に乗ったメフィストが姿を現わし
あっという間に銀の矢を放ち
人妻の胸は射抜かれてしまいました


メフィストは倒れた人妻を抱えると
また天高く昇って闇夜の彼方に
消えてゆき



人妻が倒れた跡には
その血で染まった忘れな草が
毎年 紅く花を咲かせるようになりました・・・


自由詩 月夜の逢瀬 Copyright 渡 ひろこ 2007-07-01 00:35:18
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