小説『Is it no use crying over spilt milk?』(9)(終)

そんな下らないことを考えているうちに、僕は病院に着いていた。
僕のことなど今はどうでもいい、彼女には先があるんだ。
自分で自分を終わらせてしまった僕なんかには、到底辿り着けないはずの先が。
容態についての説明を受ける。
医者の言葉は難しくて、よくわからなかったけれど



もう彼女の夢は潰えてしまったこと。

馬鹿な僕でもそれだけは理解する事が出来た。


――――――――――――――――


彼女の怪我は決して軽いものではなく、特に脳へのダメ―ジは深刻だった。
あれから数年が経過した今も尚、懸命なリハビリに励んでいる。
リハビリが出来る程度には回復したが、事故の後遺症で彼女はうまく喋ることができなくなってしまった。

しかし、喋れなくなって、少しは落ち着いた性格になったかというとそうでもない。
一日に何通も送られてくるメールの中では未だに昔の彼女のまま、とても元気一杯な(返信するのが疲れるほど・・・・。)文章で埋められている。

・・・・ブルルル・・・・

既に今日10通目となるメールが送られてきた。
あの事故から一年ほどしてやっと文字が書けるようになった彼女は、それからずっと病院の中で作曲を続けていた。
最初に作った曲を含めてもう10曲になる。頑張っている彼女を見ていた僕は、知り合いのレコード会社に曲を持ち込んでみた。
結果、地道な努力と『歌えない作曲家』みたいなプロフィールがうけて、マイナーではあるが地元ではそこそこの有名人になってしまったのだ。

今届いたメールはアルバム発売のお知らせ。
彼女は諦めなかった。この数年間零れたミルクを集め続けて、今日それが一つの形になったんだ。
僕は未だにうだつの上がらないサラリーマンだし、いつか夢にみた立派な人間には程遠いけれど。

心持ち上を見上げて歩いてみる。


彼女が最初に作った曲、アルバムの題名にもなっているこの歌を思い出して

なんとなく


あのとき終らせてしまった夢が、還ってきたような気がした。


散文(批評随筆小説等) 小説『Is it no use crying over spilt milk?』(9)(終) Copyright  2007-06-30 10:19:50
notebook Home 戻る
この文書は以下の文書グループに登録されています。
小説『Is it no use crying over spilt milk?』