噛ませ犬
楠木理沙

大歓声のその後に 俺の名前が呼ばれてる どこかおかしな発音だ 
片手を上げたこの俺を まばらな拍手が包み込む

ゴング響いたその後に 左のジャブを軽くつく 左のジャブを軽くつく
意に介さない日本人 薄ら笑いを浮かべてる

右のボディが打ち込まれ 俺は九の字に丸まった 全然効いちゃいないけど
知らない言葉が飛び交って 不意に孤独が押し寄せた

ロープにわざと追い込まれ パンチをもらい続けると さすがに堪えてきやがった
ただひたすらに耐え抜いて 頃合いってのを見てるんだ

やがて俺は倒れこみ 10カウントを聞いていた 遠い異国のカウントだ
ひたすら揺れてる脳みそは むなしさだけを確保した

拳を握り締めてると いつの頃かも分からない 過ぎ去った日々が駆け巡る
ベルトをひたすら夢想した ベルトをひたすら夢想した 

足を引きずり支えられ リングを降りたそのときに 声の限りに叫んださ
不意に叫んだこの俺に 客は一瞬目を向けた

ここではないんだここではない 何度思ったことだろう 何度願ったことだろう
だけど受け取る封筒に 笑っちまってる俺がいる

ここではないんだここではない 俺には何かが出来るんだ 俺しか出来ない何事か
最後に力を振り絞り もう一度叫んでやったんだ

誰も見てはいなかった 視線はリングの日本人 両腕高く挙げていた
もう声なんか出やしない 叫ぶことすら出来やしない


自由詩 噛ませ犬 Copyright 楠木理沙 2007-06-30 09:36:44
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