Perfume
shu

子供の頃、よく川原で遊んだ。
鶴見川というあまり綺麗ではない川だった。
それでも当時は葦原が続き鷺や千鳥や様々な鴨たちが羽を休めていた。
その葦原でどこの小学生かわからない女の子と遊んだ記憶がある。
なぞなぞをしたりかくれんぼをしたり、まるで昔から知っているように
妙に気が合った。名前など聞かなかった。
ふざけながらもつれて葦原に倒れこんだ時、幼いながら胸が熱くなる
ような初めての感覚に眩暈をおこしたような気分になった。
彼女はおもむろにポケットから何かを取り出した。
「これ、なんだかわかる?」
くすっと笑って彼女は薄紅色の小瓶を握ると、胸元にふりかけた。
「香水よ。これをかけると大人になるの」
初めて酒のにおいを嗅いだときの様に僕は顔を背けた。
彼女は今度はハンカチを取り出して、僕に目隠しをした。
どうやら匂いを頼りにわたしを捕まえてみせろということらしい。
ぼくはまるでピエロのようにおどけて、彼女を追った。
彼女は千鳥の鳴き声を真似して僕を誘う。
ちいちいちい−
「千鳥はね。キツネに襲われると傷ついたふりをするのよ。
ほら。キツネさん。傷ついた私を捕まえてごらん」
彼女の可愛らしい唇が赤く染まり、羽を纏った千鳥になる。
ちいちいちい−

葦原にはいつのまにか花々が咲き乱れ
木々には見渡すかぎりの桃が生っている。
千鳥は地面に落ちた桃の間を縫うように駆けて行く。
僕ははあはあ喘ぎながら追いかける。
千鳥の声が遠くなっていく。
虚空に手を伸ばし求めるが、なかなか捕まえられない。
気持ちばかりが先走って思わず転んでしまう。
鼻をくんくんさせてあたりの匂いを嗅ぐ。
なにも匂わなくなってしまった。
何も聞こえない。
恐る恐る目隠しをとる。
知らない世界に目を開けるような不安と期待と焦燥。
激しい雨音が頭蓋に押し寄せる。
続いて雷のような轟音。

僕はいつのまにか高層ビルの立ち並ぶ町の交差点に
ぽつんと立っていた。
トラックがクラクションを鳴らしてすれすれに通り過ぎる。
運転手が窓から顔を出して怒鳴る。

「どけっじじいっ!!」

僕の手から腐りかけた桃が落ちる。














自由詩 Perfume Copyright shu 2007-06-26 01:41:34
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