「だらしないイカ」
ソティロ
だらしないイカ
春の日曜の昼間、あまりに暇だったので自転車に乗って出かけた。家から続くゆるい下り坂のカーブを車輪の転がるままに任せて下る。晴れていて、潮っぽい風があたたかく髪を撫でる。とても良い春の一日だった。海が見えると水面が光って眩しくて、見慣れた水平線も、こんな日には俄然素晴らしいものに思えた。
海水浴場に着くと、なぜか人が多く賑わっていた。よくよく砂浜の奥のほうをみていると異常な物体が打ち上げられていた。
異常な物体はイカだった。異常なイカだった。どう異常か、というと、大きさが異常だった。港にある漁船よりも大きかった。間近で見ようと、自転車を堤防に停めて階段を降り、野次馬に混じりイカの近くまで行った。
イカは大きかった。まだ生きているらしく、ぶしゅう、ぶしゅうとどこからか空気の抜けるような音がしていて、体が呼吸をしているように見える。でもきっとイカには肺はないだろうな、と思った。脚は四方へ無秩序に広げられていて、全体は少し黄ばんだ白だった。かもめが上空でぎゃあぎゃあと鳴いていた。
近くまで来ていた小学校低学年くらいのぼうず頭の子供が、
「だっらしないイカじゃなあ!」
と言って石を拾ってイカに投げた。石はイカに命中した。イカは反応しなかった。だらしないイカか、その通りだ、と思った。その時、
「なっにをしとんのじゃ!」
という怒鳴り声がしてその少年は拳骨を喰らった。多分親なのだろう。ひさしぶりに拳骨を見た。でも火花も飛び出なかったし、少年の頭に大きなたんこぶが膨れ出ることもなかった。少年は頭を抑えながら人ごみのなかに消えた。
もうテレビ局も来ていた。はじめは肩でかつぐ黒いビデオ・カメラ一台とカメラマン一人だけだったが、大型のバンが堤防に停まり、次第に、レポーターだの音声だのと仰々しくなった。その頃には浜辺は大賑わいになっていた。
そこここでだらしないイカについての感想が聞こえた。ある若者たちはイカを押し戻して海に帰してやろうと数人がかりで一生懸命押していたが、イカは重く、砂の抵抗もあるのだろうか、微動だにしなかった。おっかなびっくりしていた子供たちも、警戒を解き始め、一人がイカの皮膚に触れると、こぞってイカの周りに集まりだした。イカの触感が楽しいらしく、とてもはしゃぎながらぺたぺたという音を立てて笑っていた。そのうち、脚を引っ張る者が出て、よじ登る者が出た頃に、大人が止めにかかり、イカには触れなくなった。
少し前からスーツ姿の大人がイカの近くに集まって熱心に話をしている。きっと役人たちだろう。イカの今後について話しこんでいた。どうやって海へ帰してやるのか方法を考えているのだろうと思って、自分も考えてみた。きっと縄で括ってここにいるみんなで引っ張るのだろうな、と思った。引き網の時の逆の要領で。
しかし、意外な結論が告げられた。その中で一番偉そうな者が拡声器を使って、宣言をした。「このイカはもう助からない。だから我々はこれからイカを食べる」と。それについてはその場でも賛否両論だった。待ってました、気持ち悪い、かわいそうだ、どうやって…いろんな声が飛び交って、浜辺は騒然となった。ぼくは、決断としては間違っていないし、その勇気は評価しよう、と思った。その時、肩を叩かれた。
「ずっとおったん?」
ぼくの好きな女の子だった。テレビを見て来たらしい。ぼくは事の顛末を話し、イカはこれから食べられるところだ、と彼女に伝えた。
「そうかあ。じゃあありがとう言うておいしく食べたらええな」
と彼女は言った。真面目な顔して笑っていた。そんなところが好きだった。
イカの解体が始まった。マグロを解体するような大きな包丁(それはイカに較べればあまりに小さかった)を抱えて鉢巻を締めた屈強な男がイカに乗った。みんな一斉に静まりかえり、固唾を呑んでその姿を見つめていた。まるで何かの儀式のようだった。
イカは辛うじて生きていた。だらしなくのびたイカの頂点に、男は包丁を突き刺そうとした。きっとぼくらはみんな断末魔を想っていた。勢いよく包丁の先端がイカの皮膚を突き破ったのを契機に、幾人もの女がきゃあと悲鳴を上げ顔を覆った。子供たちの泣き声も聞こえてきた。しかしイカの方は意外にも何の反応も見せずされるがままにしていた。時折、ぶしゅう、ぶしゅうと音を立てて。
横を見やると彼女はただじいっとイカの様子を目を見開いて見ていた。何の感情もそこからは汲み取れなかった。やがて、イカの音は小さくなり、消えた。
イカの解体には長い時間がかかった。男はイカを斬り、汗を拭い、そして斬った。刻まれたイカの断片が他の男に渡され、運ばれた。いつの間にか、呼んだのか勝手に来たのか、後ろのほうにいくつか簡単な屋台が出来ていた。イカは斬られた端からどんとんと調理されていった。焼かれたイカのにおいが浜辺を覆った。
いくつかの屋台の鉄板ではイカ焼きそばを焼き、あるいはお好み焼きを焼き、そのまま焼いているものもあった。げそも、身も。それからイカそうめん。イカ墨スパゲッティ。驚いたのは寿司屋が来ていたことだった。たくさんの酢飯を持ってきて、数人が次から次へイカをさらに適当なかたちに切って握ってゆく。ふつうの握りも、青葉をつけたものも、軍艦巻きもあった。それぞれの職人が次第にいろいろな工夫を始めた。どの屋台も、きっちり料金を取っていた。値段は、とても良心的だった。
人々は行列をつくり、それぞれ好みのイカ料理を手に取った。先ほどの活気と喧騒が、浜辺に戻っていった。浜辺を覆うほど多くの人たちが、一匹の、いや一杯のイカを分け合って、食べている様子は、どこかおかしかったけど、不思議な連帯感を生み、みんな笑っていた。
ぼくと彼女も、イカ焼きそばを大盛りで注文して、「いただきます」と言って、食べた。イカは意外にも、とてもおいしかった。適度な弾力と歯ごたえ、にじむ風味。イカを特に好きでもなかったぼくが、とてもおいしい、と思った。彼女も同じらしかった。大勢で笑って、の食事はおいしい、というのもあるだろうが、きっとそれ以上にイカはおいしかった。
やがて日が暮れて、イカはあらかた食べられた。残りは保存するらしい。みんな一様に満腹になり、多くの人は家路についた。テレビ局の連中も、撤収していた。イカを片付けた後、残ったわずかな人達で、花火大会がはじまった。いつもは花火禁止の砂浜も、この日は無礼講らしかった。始末をきちんとするように、あまり遅くまでしていないように、音の大きなものは控えるように、とだけ居合わせた役人に注意され、つまりそれを守る限りは花火をしても良いということだった。
ぼくと彼女はいろんな花火を試したあと、少しはなれてみんなの様子を見ていた。そしてだらしないイカについてあれこれと話した。ぱちぱちといろんな色の光が夜の海を照らしていた。
結局なんじゃったんじゃろうね、あのイカ。
さあ、おれはてっきり人類に警告を与えに来ちゃんや思った
あはは、でも喋らんかったねえ。中にも誰もおらんちゃたし
そう、ぶしゅうぶしゅうとだけゆうてなあ
でも、きっとあのイカんこと忘れんやろうなあ
忘れられんやろうね、みんなして
あ、きっとさ、うちの町ばかじゃから町おこしに使うんじゃなあ?
はは、絶対そうじゃわ、間違いない
イカ饅頭、イカせんべい…
イカのキャラクタとか募集しよるかもしれんなあ、そしたら描きいや
そうやなあイカ子ちゃんとか…?
…
ぼくはその日帰ってイカの夢をみた。中学校のころ、イカと同級生だった夢。