星空
円谷一

 眠っている時 港から船の汽笛が聞こえた 潮の香りが酷い
 白で統一された僕の部屋は洗練さで満ちていて 読みかけのトルストイの「戦争と平和」の文庫本が潮風に吹かれてパラパラとページを捲る 水差しが透明に光っている
 僕はポロシャツを着て車に乗り込み近くの山に向かって死んだインコを埋める インコは眠るように死んでいた 土をかける時 土に紛れて見たこともない虫達がインコの体を這っていた インコはゆっくりと腐っていき そして虫に食べられバクテリアに分解されるのだろう
 僕は埋葬が終わると(火葬屋に頼めばよかった) 車で僕の住んでいる港町に戻って 遅めの昼食兼夕食を取りにパスタ屋に入った 空はもう真っ赤に染まっていて 取り返しのつかないような状況になっていた テラスの椅子に座ってぞくぞくと帰ってくる自前の船を持つ人間や何の為に海に出ていたのか分からない船をパスタが来るまでじっと見つめていた 海はもう飽きた 自前の船ももう売ろうと考えていたところだった
 潮風に吹かれながら食べる食事は最高と言えば最高だった 腹が空いていたし ここのパスタが美味しかったからだ 僕はパスタが来る前からゴッホの「夜のカフェテラス」を思い出していた 絵は下手くそに見えるけど 絵を見る才能のある人には偉大な絵画に見えるのだろう とにかく僕はあの絵からはただ幻想的だなと感じただけだった 今はアルコールが入っているせいでまともな感想を抱くことができないので 家に帰ってベッドに横になればまた違った見解ができるかもしれない 前はもっと素晴らしいものだなと思っていたような気がしていた さすがだなと思っていたと思うが
 パスタの皿とワインとグラスを下げてもらい コーヒーをゆっくり飲み「戦争と平和」の文庫本を読んでると 人々は何かの演出のように「ワー」と感嘆を上げて満天の星空に見とれているのに気付いた ここハワイ島では地球上で一番星が綺麗に見えるのだ 近くに天文台もある 銀河よりも素敵な無数の星々が存在を忘れ去られていたことを見返すように眩く輝いていた 地上の光などちっぽけだと思えるぐらい壮大なものだった 人々は立ち止まったり動きを止めたりして見上げていた 僕はある男の海パン姿が違和感に感じた
 僕も文庫本から目を離し思わず空を見ていた 童心に返ったような気分になってにやけている自分がいた いつまでもいつまでも見ていたくなって 温くなったコーヒーを胃に流し込み 会計を済ませると もっと人がいなく周りに障害がない所で星空を見ようという気になって 僕は車を人里から離れた場所へと移した そして辺りになにも無い草むらに着くと 僕は車を降りてその草むらの真ん中で大の字になって空を見上げた
 そこには満天の星空よりも満天な星空が輝いていた 僕は映画でも見ているような気分になった 今にも星々が落ちてきそうで 僕は心がこの星空の為に解放されたような気がした 何時間もそのままの体勢で星空を見ていた 僕は世界に一人だけ取り残されたようで 暖かい星々の眼差しが心を和ませた そんな気持ちのまま瞳を閉じて 終わりの見えない眠りに就いた


散文(批評随筆小説等) 星空 Copyright 円谷一 2007-06-24 09:54:12
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