「バスが毎日やってくる」/「3つのラテン語の祈り」ほか/
南 広一




街に見送られて
死んだように運ばれていくバスに
間に合って良かった


天然ガスで走るバス
いざというときには
死んだように運ばれていくのも好都合
このまま
うつらうつらと していたい


風通しの悪い会社とはいっても
早く着けばいいってもんじゃない
夏の葬式はとっくにはじまっている
さすがにこんな格好じゃ まずいだろう
バスという手段にも一理はある
ほんとうに間に合って良かった
うつらうつらと していたい



眠っているのか死んでいるのか
死んでいるように眠っているのか
いないのか 



缶コーヒーを飲むのはもうやめたほうがいい
という鍼灸院の院長の前職はマグロの解体業だった
極めて配慮に欠ける妄想だと猛烈に抗議する
朝から気を引き締めてやれといわれても
はあ、
避妊なんてほとんどしませんしねえ
イヤホンを突っ込んで果てている
なんすか
なんなんすか
若者の小さな耳の穴は ピンク色に爛れている
濡れた傘の始末の仕方については誰も習っていない


「おれにとって
おれにとって」


バスの窓から
街がおれを静かに見送る
おれが街を静かに見送る
さようなら もう さようなら


あしたからの東京出張については
東京駅構内 午後7時
のぞみ で帰るおとこたち
往復で3000円チョイ浮くからね
缶ビールとおつまみ買ってもお釣りがきてねえ
そりゃもう、


「世間には申し訳ないくらいに
孤独だよ」


余計なことに気を病むことはない 断じてない
大切なことは原寸の地図を前にして どう語れるのかということだ
プレーリードッグの言語体系確立そのものといってもいい
事と次第によっては
おれの打ち合わせは永遠につづくことになるだろう
そういう深刻さだって ある



死んでいるように眠っているのか
いないのか



バスがひときわ燃焼する
ここから坂を下っていく胸をなでおろすように
あと少しでローンが終わる隣の車をこっそりと掃除する
銀色のファミリー向けワンボックスカー
幸いなことに隣家は「モノより思い出」に共感している
というわけではなかったことに ホッとする
ついでに
気味が悪いくらいに うつむいてみる
これに乗り遅れたら最後だった



「もっと
ナチュラルに語れないものだろうか
アニエス・ヴェルダの冬の旅のように」



バスは
横たわる青と赤の血管を踏み越えて一線を越える
生命活動の最北限であることを誰も知らない
窓の外はどうか仮説であってほしいと願う
殺された窓には一向に注意を払わない
運転手にはせめて内省を促しておきたい


クリーンで
なめらかな修羅場に
うっとりとしていたかったんです
若い介護福祉士が膝を落とすことのある 重み
もちろんこれだって
ナチュラルテイストのカテゴリー


バスが痙攣を繰り返す症状が認められる
転移していてもう助からないだろう終着駅まで
運転手はアクセルからつま先をゆっくりと離しにかかる
だから もういい
すべてを引き剥がされた おんな
荒々しい冬の大地の窪みに向かって
おんなは 後ろから突き落とされるようにして絶命する


そんなふうに
おれはバスを降りたかった





自由詩 「バスが毎日やってくる」/「3つのラテン語の祈り」ほか/ Copyright 南 広一 2007-06-20 17:58:38
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