せめて音のない世界で
雨露 流

喧騒と雑踏 賑やかな公園
ベンチに座る僕は 手持ち無沙汰
それでも一瞬を待っている そうたった一瞬を
手にはカメラ 黒光りする高級な一眼レフ
ピンとはすでに合わせてあって
その一瞬の訪れを気長に待つ


僕は割と名の知れた写真家


一瞬 それは希望に満ちた瞬間

澄んだ空にそよぐ風 鳥は翼を持つ宿命で空を飛んで
自由に形を変えるものだと思っていた雲でさえ
風に玩ばれているだけだと知った
それでも僕は浮かんでは消える思考を
流れる雲に重ねてる


ぼんやりと日向ぼっこ気分
でも僕には待ち望んでいる瞬間があって
それは希望に満ちた瞬間で それを切り取るのが僕の仕事

賑わい 雑踏 喧騒 小鳥の歌と子供の声
交通量の多い道路 行きかう人々
煩雑としていて 世界は音に満ちている
誰もが何かを目指してる それは嘘
誰もがただ漠然と生きている それも嘘であって欲しい
僕はベンチに座ってファインダーを拭いた

希望が通りかかる それは手を繋ぐ親と子の姿
希望がさえずる それは小鳥の歌
希望が走っていく それはスーツケースを抱えたサラリーマン
希望がほえる それは野良犬の遠吠え
希望が歩いていく それは杖をついた老人
希望がねむる それは陽だまりの野良猫
希望が棄てられる それは飲みかけのペットボトル
希望がついている それは花咲く日を待つつぼみ



幾つもの希望が目の前を通り過ぎる



それを全て切り取って 音のない世界に閉じ込める
一瞬はフィルムに焼き付けられて 不変
希望のその先は知らない
希望が幸福に変わるかどうかなんて分からない
もしかしたら希望は砕けるかもしれない

僕は写真家 絶望を瞳に宿した写真家
絶望の淵から見えるのは希望だけ
全てのものから希望を見つけ出せる


絶望が見据えるのはいつだって希望しかない


僕は目に映る全ての希望を切り取るだけ

それが生業 それが仕事


僕が映した希望に音はない 
切り取った瞬間 その一瞬は僕にとって絶望に変わる
この希望の先を知ることができないことと
この希望の先に僕の幸福がないことを
僕は気付いてしまうから




セルフタイマーで僕を撮影


セットした時にファインダー越しに希望が見える
その風景に入れば 僕自身からも希望が見出せるかな


         ・
         ・
         ・
         ・

       カシャッ
        
         ・
         ・
         ・
         


現像されたそれを見たときの僕の絶望を誰が分かるというのだろうか








自由詩 せめて音のない世界で Copyright 雨露 流 2007-06-19 02:12:35
notebook Home 戻る