流れていった浮き輪
美砂

浮き輪がなくなっていて
気づいたときには
けっこう遠くまで流されていた
風がきつかったからかもしれない
お父さんがちょっとだけ顔色をきつくさせてから
でも勢いよくむかっていった
わたしと妹はならんでそれをみていた
お父さんと浮き輪は期待していたように
近くならないで
でも、お父さんは泳ぎ続けて
どんどん小さくなっていくので
そのうち
まわりの音がぜんぜんきこえなくなって
妹が手をにぎってきて
わたしが苦笑いするみたいに変な顔をしたら
妹は泣きそうになって、わたしが
「おとうさん」って叫んだら
お父さんが
とまって、
ちょっとむこうむいていたけど
こっちに
かえってきた

お父さんはハアハアいいながら
水滴をいっぱい落として
「あかんかった」っていった
それで今度は三人でならんで
流れていく浮き輪をみていた
そのへんには
だれもいない
舟も島もなんにもない
浮き輪と海と空ばかり

そのうちまるで消えるように
みえなくなった
「あーあ」
っていいながら
みんなどこかすっきりしたような様子で


いくら目をこらしても、もう、どこにもみえない
かえってくる気持ちのないものは
ずっとあんなふうに
ただよっているんだろうか
どこまでも
流されるまま
しらない国までいって
しらない空のしたを
ずっと ひとりぼっちで





自由詩 流れていった浮き輪 Copyright 美砂 2007-06-18 21:59:55
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